ねぇ、知ってる?-2
アーウェンは深呼吸をして、気持ちを整えて微笑む。願い札を持つラクシュの両手を、大事にそっと掴んだ。
「……知っていますか? ラクシュさん。苺って実は、野菜なんですよ」
いつだったか、市場のおばちゃんから聞いた豆知識だ。まさかこんな形で披露する日がこようとは。
「可愛いラクシュさんのイメージに、甘酸っぱくて美味しい苺はピッタリだと思います。もしくはプチトマトとか。メキャベツに、ラディッシュなんかも良いですねー」
可愛らしい見た目の野菜をいくつかあげ、目端に浮かんだ涙を零さないように。必死で堪えながら訴えた。
「でもっ! せめてもう少しくらい、夢を持って良いんですよ!? 初めて書いた願いが、生まれ変われたら野菜になりたいって……しかもピーマンは割りと不人気だから、出来ればジャガイモとかっ! 疲れてるんですか!? 無理して書かなくても良いんですよ!? 悩み事があるなら、なんでも言ってください!!」
テントの周辺には人が多かったから、涙まじりの大声に注目する人もいたが、すぐにまた自分の札を吊るしたり、他の人の願いを読んで楽しむほうに戻った。
「ん……? 無理じゃないよ?」
ラクシュはアーウェンを見上げて首を傾げ、淡々と告げた。
「それに、アーウェン……畑、大事にしてるの、知ってる……野菜、幸せそうだよ?」
「え? は……はぁ、そうですか……」
意外な返答に、アーウェンはまた面食らった。
街の市場では新鮮な野菜が豊富に売られているが、そう頻繁にも行けないから、アーウェンは家の脇の花壇だった所を畑にして、何種類かの野菜を育てている。
大好きなラクシュに食べさせるものだし、自分で育てれば愛着もわく。
始めのうちは失敗も多かったけれど、人に聞いたりして熱心に勉強し、今はそれなりに立派なものを育てられるようになった。
―― なるほど。つまり、ラクシュさんは生まれ変わっても、俺に愛されて面倒みて欲しいと! そして俺は、ラクシュさんを美味しく頂いていいと! そういうことですね! 解りました。謹んでお受けします! できればもうちょっと、意志の疎通が可能なものにしてくれると、ありがたいのですが!
とりあえずアーウェンは、自分にとても都合のいい解釈をし、つい飛び出した狼尻尾をパタパタ振る。
「はいっ! 叶うといいですね」
レムナたちが、やや呆れたような顔をしていたが、気にせずに推奨した。
「ん」
ラクシュはまた満足そうに頷き、願い札を持って、円錐状に張られたツル草のテントへと近づいた。軽く背伸びをして、網の一番目立つ部分へと吊るす。
アーウェンはレムナに、テントの下側で意外と人目につかない穴場を教えて、そこに吊るした。
レムナは褐色の指先で、丁寧に願い札を吊るしてから、ディキシスの元へとパタパタ駆け戻る。
暗い瞳をした青年は、その小さな身体を抱えるように引き寄せ、まだ青ざめている顔で低く呟いた。
「……失礼する」
人の波の中へ消えていく二人を……正確には、ディキシスの赤褐色の後頭部を、ラクシュがじっと見つめているのに、アーウェンは気づいた。
「ラクシュさん……?」
声をかけると、ラクシュは抑揚のない声で呟いた。
「思い出した。私、ディキシス、知ってる……生きてたんだ、ね……」