星に願いを -6
「ごめん……私、お肉、気持ち悪くなる……あのスープ、野菜だけ、言われたから……」
「おお、後で聞いたさ! アンタ、吸血鬼みてーに見た目がいつまでも若いわりにゃ、血肉類がいっさいダメなんだってな。でもな、貰いゲロして彼女にフラレちまった俺は、とんだ迷惑……いてっ!!」
一気にまくし立てた男の後頭部を、女討伐兵が拳骨でぶん殴った。
「バカが。聞いてりゃ、この人は喰えないもんを間違って出されただけじゃないか。恨みごとなら、スープを出した奴に言いなよ」
「あの食堂、とっくに潰れてるんだよっ!!」
事件の後すぐに、ラクシュは血飢えで外出もできなくなったから、店が潰れたのは初耳だった。
ちなみに、ラクシュは知る由もなかったが、店が潰れたのは、スープ事件の悪評などではなく、店主が賭博で全財産をすったせいである。
「なら、潔く黙って忘れるんだね。あたし達が探すのは吸血鬼で、アンタの個人的な恨みの相手じゃないんだ」
女討伐兵はきっぱりと言い、ラクシュの取り出した居住権コインの年数をチェックする。
「十年前か。問題ないね。はい、次」
男はまだブツブツと口の中で文句を言っていたが、それ以上は同僚に反論しなかった。ディキシスのコインをチェックし、最近のものだと知るといくつか質問をしたが、すぐに開放した。
「……」
ラクシュはテーブルに置いたままだった紙片を取り、数歩離れてゴーグルを目元へひき下ろす。
アーウェンが近くにいない今、特に眩しいものはなかったけれど、代わりにとても胸が重苦しく、悲しい気分だった。
吸血鬼の討伐隊に会ったのは、これが初めてではなくて、そのたびなんとかやり過ごせていた。けれど、いつもこうして、とても悲しい気分になった。
ゴーグルの中で目を瞑ると、故郷の赤い沼と黒い森が浮かぶ。
ミルドレンティーヌをはじめ、共に暮らしてきた吸血鬼たちの顔も。
それから、とても沢山の……本当に沢山……数え切れないほどの……。
「ん……?」
ふと目をあけると、ディキシスが傍らにいて、ラクシュを見下ろしていた。その顔は蒼白を通り越すほど血の気が引き、真っ白だ。
「血肉が食べられないというのは、本当なんだな……?」
なぜか彼は、喉から搾り出すような震え声で確認してきた。
ラクシュは頷き、ボソボソと小声で説明する。
「食べれるの、野菜だけ……」
「そう……か……」
ディキシスは深いため息をつき、額に浮かんでいた汗をぬぐった。
「危うく、とんでもない人違いをするところだった……あんなに似て……」
「ん?」
「なんでもない。すまなかった……忘れてくれ」
ディキシスは手に持った願いの紙片をぐしゃぐしゃに握りつぶし、ポケットに突っ込んだ。
「あ」
ラクシュが思わず声をあげると、まだ少し青ざめた顔でディキシスは苦笑した。
「やはり、俺は書けない。……貴女はどうするんだ?」
「私……」
ラクシュは呟き、忙しくチェックをしている討伐兵を眺めた。
忌まわしい吸血鬼を見つけて殺そうと、懸命になっている彼らを、じっと眺める。
「私……なりたいの……」
不意に、もうずっと昔から、ラクシュの奥で泥のように溶けているだけだった言葉が、ようやくしっかりした形になった。
―― ああ、そうだ。大好きで、こうなれたら良いと思っていたものが、ちゃんとあった。
ラクシュは急いでしゃがみこみ、膝の上に置いた紙片へ万年筆を走らせる。そしてディキシスに見せた。
沢山の人に見てもらった願いは、いつか必ず叶うと聞いたから。
「……なんだ、それは?」
目を丸くしているディキシスを見上げ、ラクシュは初めて書きあげた願い事を、堂々と読み上げた。
「わたし、野菜に、なりたい」