星に願いを -5
広場は騒然とし、人々の視線はいっせいに騎馬団へ向けられてた。
三十人近くいる騎馬の乗り手は、どうやら傭兵の集まりらしい。武装も馬具も統一されておらず、協和国の臨時雇い兵の証に、赤い腕章だけをつけていた。
騎馬兵たちは広場を手中に収めようとでもするように、数騎づつに拡散して、人々の移動を止める。
ラクシュたちのいるテーブル脇にも、まだ若い男女が一人ずつ来た。
「こんばんはーっ!」
どうやら指令は、中央に騎馬を止め、そう叫んだ男のようだった。胸甲と魔道具の兜で武装しており、まだ三十代そこそこといったところだろう。
人々の迷惑そうな視線を一身に浴びながら、男はそれが賞賛の視線とでも言うように、馬上で陽気な声を張り上げる。
キンキンした不自然な大声は、片手で持った魔道具で声を大きくしているのだろう。
「どうもどうも、吸血鬼討伐隊でーす!」
『吸血鬼』という単語が響いた途端、もう暑い季節になってきた広場中に、氷のような空気が走った。恋人を連れた男性たちは、自分の彼女を守るように抱きしめ、親たちもわが子を腕に抱えこむ。
アーウェンとレムナは網のところで足止めされているらしく、ラクシュの隣にいるのはディキシスだったから、当然ながら互いに近寄りもせず、そのまま突っ立っていた。
ただ、ディキシスは無愛想な表情をさらにきつく引き結んで、討伐兵たちを睨んでいる。
指令の男は周囲の反応を満足そうに見渡し、さらに声をはりあげた。
「この先の街でーっ、吸血鬼の被害があったんですよーっ! 連中はぁー、こっちの方に逃げたようでーっ、よって、これから強制捜査、入りマース! 一人づつ、チェック受けてくださーいっ!」
その声を合図に、討伐兵たちがいっせいに馬から降りる。
「さーさー、押さないで並んでくださいねーっ!」
人々は口々に不満を漏らしてはいたものの、不安そうな表情を浮かべ、おとなしく兵たちの前に列を作りはじめた。
国の討伐隊は、こういった強制捜査の権限を持っている。
大抵は簡単な身分証などのチェックくらいですむが、拒否した場合は、その場で斬り殺すことさえも許されていた。
「ほら、アンタからだよ。その変なゴーグルとって顔見せて」
ラクシュの傍にきた女討伐兵が、きつい口調で言った。そこらの男性にひけをとらない筋骨逞しい女戦士は、皮手袋をした手を無愛想に突き出す。
「ん」
ラクシュは頷き、ゴーグルを額の上に押し上げた。現れた胡乱な赤い瞳へ、周囲の視線が注がれる。
「っ!!」
傍らでディキシスが息を呑み、その顔が見る間に青ざめていった。
「……ん?」
「お前……っ!!!!」
ラクシュの視界の隅で、ディキシスが剣の柄を握り、腰に吊るした鞘から、漆黒の刀身がわずかに見えた。
その瞬間。
「ああーーっ!! てめぇ! 鶏ガラスープで、ゲロ噴水しやがった女じゃねーか!!!」
素っ頓狂な大声に、ビクリとディキシスの動きが止まる。
ラクシュを指差して声を張り上げたのは、男の方の討伐兵だった。長身の女討伐兵は、怪訝な顔で同僚を振り返った。
「はぁ? ゲロ噴水って……何言ってんのよ」
「五年前、俺がこの街に滞在してた時だ! コイツに食堂でゲロぶっかけられたんだよ!」
男の討伐兵は、憤然とラクシュを睨みつけ、ブルブルと怒りに全身を震わせている。
「ん? ……あ」
ラクシュはようやく男のことを思い出し、ポンと手を叩いた。
五年前、知らずに飲んだ鶏がらスープで吐きまくった時に、隣のテーブルにいた客だった。
あの時はまだ、彼は二十歳そこそこの青少年だったから、記憶の中の顔となかなか一致しなかったのだ。