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キラキラ狼は偏食の吸血鬼に喰らわれたい
【ファンタジー 官能小説】

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星に願いを -4


 ***

 アーウェンとレムナが別のテーブルに移ってしまい、ラクシュはディキシスの隣で立ちつくしていた。

 この祭りに来るのは久しぶりだ。
 黒い森を始め、ラドベルジュ王国の周辺では星祭の習慣がなく、ここに来てから初めて知った。
向こうのテーブルでは、アーウェンとレムナが、とても真剣な顔で願いを書き込んでいる。
 アーウェンはこの星祭で、もう願いが三回も叶ったと喜んでいた。どんなことを書いたのかは、教えてくれなかったけれど。

「……」

 テーブル上の紙片を眺め、ラクシュは思案にくれる。
 実のところ、ラクシュは祭りに来るたびにこの紙片を買ったが、一度も願いを書けた事がなかった。
 書きたいような気はするのに、自分が本当は何を書きたいのか、わからないのだ。

 『あれが出来るようになりたい』とか、『こういう存在になりたい』とか。
 ラクシュにできないことは沢山あるけれど、特にそれで他人を羨ましく思ったことはなかった。

―― 私の、なりたいもの、かぁ。

 テーブルの向かいでは、母子連れが楽しそうに願いを書き込んでいた。

「おおきくなったら、お父さんみたいに、みんなを助けるお医者さんになりたい!」

 元気そうな男の子は、得意そうに自分の書いた願いを読んで聞かせる。母親が嬉しそうに微笑み、母子は願いを吊るしに去っていった。
 遠ざかる幸せそうな背中を眺め、ラクシュは再び紙片へ視線を落とした。
 真っ白なはずの紙片は、色レンズのせいで微かに緑がかって見える。

―― 大きくなったら……。

 吸血鬼の身体は、基本的に一生変わらない。髪や爪くらいは伸びるが、それだってとても遅い。あからさまな成長も老いもなく、数百年を生きた後に灰となって朽ちる。

―― この身体が朽ちたあと、もし別のものになれるなら……。

 ラクシュにとって『大きくなる』とは、そういうことになるのだろう。
 ふと、隣にいるディキシスも、白紙を前に身動きすらせずにいるのに気づいた。

「ん?」

 ペンが無いのかと思い、ポケットから取り出した万年筆を差し出すと、ディキシスは困惑顔で赤褐色の頭を振った。

「いや、ペンなら持っている。ただ……書けないんだ……」

 そして彼は、願いを書き終わってアーウェンとテントへ向かうレムナへ、一瞬だけ視線を向けたあと、俯いて独り言のように呟いた。

「書きたいから紙を買ったのに……もし叶ってしまったら、俺の目標は果たせなくなると思うと、な……」

「そっか」

 ラクシュは頷いて、万年筆を引っ込めた。
 ディキシスの言うことは、あまり理解できなかったが、何か複雑な事情がありそうだ。
 そしてラクシュも、どうやら今年もまた真っ白な紙を網へ下げて終わることになりそうだ。

 黙ってぼんやりと白い紙を眺めていると、不意にディキシスの低い声が聞えた。

「……鈴猫屋の店主から聞いたんだが」

 ディキシスが、ラクシュをじっと眺め降ろしていた。
 彼はアーウェンよりも長身で、すぐ横にいるラクシュは、首をかなり傾けて彼を見上げる。

「ん?」

「貴女は俺よりも年上だそうだな。遺跡の呪いにかかって、歳をとらなくなったとか……」

 疑わしげな声の質問に、ラクシュは黙って頷いた。
 嘘は嫌いだったが、吸血鬼と知られるわけにはいかない。

 殆どが地中に埋まっている古代遺跡は、未だに殆どが解明されていない。
 凶暴なキメラや蟲に、理論も仕組みもわからぬ不思議な装置の数々など、遺跡には多くの謎が眠っている。

 だから人々は、自分たちの理解できない代物を恐れつつも、都合よく利用するのだ。
 『遺跡の呪い』と銘打ってする説明は、あまり詳しく聞くなと言う意味の隠語でもあった。

「無礼は承知だが、貴女がレムナをあっさりと荷台に放り込んだのが、どうしても気になった……話を聞いた時には、貴女が俺の探し相手かと思ったほどだ」

 暗い夕陽色の瞳が、鋭くラクシュを眺めていた。
 初対面のはずなのに、どこかで彼を見たことがあるような気がして、ラクシュは首をかしげる。

「ん? きみ……わたしと、会った?」

「白い髪のラクシュという女性に覚えはない。それにレムナを助けた貴女が、アイツのはずはない」

 まるで自分に言い聞かせるように、ディキシスは顔をしかめて呟く。

「自分でも馬鹿げていると思う。だが、もし……」

 日焼けした大きな手が、ラクシュのゴーグルへ伸ばされる。
 しかし、無骨な指は革ベルトに触れるか触れないかの寸前で止まり、さっと離れた。

「……すまない。貴女の顔を見れば、人違いだと断言できると思ったんだが、さすがに無礼すぎた」

「ん?」

 ラクシュは困惑してディキシスを見上げた。なぜか、彼に会ったことがあるような気がしてきたのだ。
 故郷を出てから、ここまで旅をする途中に、数え切れないほど沢山の人と接触をした。
 あの家に住み始めてからは、また滅多に外出はしなくなったけれど、人の出入りが激しいこの街でも、多数の顔を見知った。
 しかし、ありったけの顔を思い出しても、この暗い目をした逞しい青年には覚えがない。

「ん……?」

 もしかしたら、レンズの薄緑色が邪魔をして解らないのかと、ラクシュがゴーグルに手をかけた時だった。

「あー、あー、ただいまマイクテスト……みなさま、お楽しみ中に、失礼しまーすっ!」

 突然、キンと耳をつく奇妙な大声が、広場の入り口から響いてきた。
 続いて白い砂煙をたてて、騎馬隊の一団が駆け込んでくる。



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