星に願いを -3
「ディキシスさんたちも、これから願い事を書きに?」
アーウェンが尋ねると、ディキシスは少し困ったように眉を潜めた。
「ああ、まぁ……レムナ。そろそろ行くぞ」
「あ……うん!」
ディキシスに声をかけられたレムナは、嬉しそうに刷り込み相手へ駆け寄り、ふと思いついたようにラクシュへ笑いかけた。
「ねぇ、そっちもこれから書きに行くんでしょ? 一緒に行こうよ!」
「ん」
ラクシュがコクンと頷き、アーウェンの手をそっと引く。
「行こ……」
「はい、ラクシュさん」
アーウェンも頷き、願い事の紙を売る売店へと、四人は歩き出した。
願い事を書く紙は、半銅貨一枚の小銭で買える。
もっとも、小さな紙切れ一枚にしては高いが、この収益金で来年の祭りを開催するのだから、文句を言う者もいなかった。
売り場の近くにはいくつもの大きなテーブルが置かれ、願い事を書く場所になっていた。
それぞれ小さな紙片を購入し、アーウェンはポケットから万年筆を取り出したが……ラクシュの視線がゴーグル越しに、じーっと注がれているのに気づき、ピタリと手を止めた。
「ラクシュさん……すみませんが、あっちに行って書いてきます」
アーウェンはそそくさと別のテーブルに移る。
もう大部分の人はすでに書き終わったのか、テーブルは閑散としていた。紙へ覆いかぶさるように隠しながら書く人も、堂々と周囲に見せている人もいる。
紙にかかれた願い事は、誰のを見ても自由である。むしろ地方によっては、大勢に見られるほど叶うという説まであるそうだ。
―― しかしアーウェンは、たとえ街中に晒されようと、ラクシュにだけは見られたくなかった。
アーウェンの生まれ故郷にも星祭りの風習はあったが、以前の飼い主は星祭りに興味はなく、この街で始めて星祭りに願い事を書いた。
『ラクシュさんより背が高くなりたい』
初めての願いは叶った。
しっかりと栄養をとって急成長したアーウェンは、翌年にはラクシュの背を追い越していた。
『ラクシュさんの仕事を手伝えるようになりたい』
二年目の願いも、すぐに叶った。
ラクシュがある日、とても思いつめたように『頼みがある』と言って来たのだ。
本当はあの時、アーウェンの血が欲しかったらしい。でも、それを言えなかった彼女は、代わりに鉱石を採りにいくのを手伝って欲しいと、初めて頼んでくれた。
しかし、それからパッタリと願い事は叶わなくなった。
『ラクシュさんを元気にできるようになりたい』
日ごとにやつれていくラクシュが心配で、三年目はそう書いたけれど、ちっとも彼女は元気にならなかった。
毎年、同じ事を書いた。
ラクシュが家から一歩も出なくなり、星祭りにも来れなくなると、一人で願いの札だけを下げに来た。
八枚も同じ願いを書いてから、ようやく願いは叶った。
今までも、恥ずかしいからラクシュ本人にだけは見られないように、気をつけていたけれど、今年は特に隠したい。
「……見ないから、隣で書いていい?」
万年筆を手に、つい過去の回想に浸っていたら、急にレムナが隣に来て、アーウェンは飛び上がりそうになった。
「誰に見られてもいいけど……ディキシスには、さすがに見られたくないの」
褐色の頬を少し紅潮させて、レムナは気まずそうに弁解する。
「どうぞ」
アーウェンは微笑み、レムナが書きやすいように少し身体をずらす。
真剣な顔でペンを取り出した彼女は、もしかしたら自分と似たようなことを書くのかも知れない……。
そんな事を頭の端に思い浮かべながら、アーウェンも自分の紙に、やっと書けるようになった新しい願いを書いた。