星に願いを -2
「お前らも来てたのか」
唐突に声をかけられて、アーウェンは振り返った。
ごった返す人ごみを掻き分けて、クロッカスが歩いてくる。
祭りの夜に、手軽な安いアクセサリーならともかく、魔道具を買う客は少ないから、店は閉めてきたのだろう。
そしてラクシュのゴーグルを見て、声をあげた。
「そりゃなんだ? 新しい魔道具か?」
「ん……鉱石溶かして、造った。これつけると……眩しく、ない」
ラクシュはゴーグルを指して、うんうんと頷く。
「ほーぅ。鉱石のレンズか。何かと応用が効きそうだな」
商人の血が騒ぎはじめたらしく、クロッカスは身をかがめて、ゴーグルをしげしげと観察しだす。
その間にもさりげなくラクシュへ絡もうとする九尾を、アーウェンはせっせと叩き除け、咳払いをした。
「クロッカスさんはもう、願い事を書いてきたんですか?」
レンズを突付いていたクロッカスが顔をあげ、ニンマリ笑う。
「せっかくのご利益には、あやからないとな。お前等はまだか?」
「はい。これから……」
アーウェンが言いかけた時だった。
「あーっ!」
突然、甲高い声をあげて、褐色の少女が近づいてきた。
灰色のマントを着ていたが、彼女も今日はフードを被っておらず、黄緑に赤いメッシュという、鮮やかな色の短い髪が露になっている。
「この間の……確か、レムナさん?」
迷子だったハーピー少女との思わぬ再会に、アーウェンは驚いた。彼女の隣には、例のディキシスという青年が、相変わらずの無愛想な顔で立っている。
「そういや、お前さんたち、先月に顔をあわせてたらしいな」
クロッカスが顎ひげを撫でながら、アーウェンとラクシュに紹介する。
「ディキシスとレムナからは、最近よく魔道具の材料を買い取ってるんだ。キメラの牙や爪とか、実に良いモノを持ってきてくれる」
「へぇ……キメラか、凄いですね」
アーウェンは感心して頷いた。
魔道具に絶対必要なのは発光鉱石だが、それに付随する素材で、さらに高い魔法の効果を得られる。
種類にもよるが、遺跡に住むキメラは大抵、魔道具の材料にうってつけで、爪や牙に骨や毛皮までもさまざまに重宝された。
しかし、キメラ狩りは命がけの仕事だ。
それに、クロッカスがあれだけ褒めるということは、相当に手ごわい獲物まで狩ってくるのだろう。
ディキシスの腰に下がった大きな剣に、アーウェンはチラッと視線を走らせた。
「ああ。そんじゃ、俺は待ち合わせがあるからな」
クロッカスはそう言うと、ヒラヒラと手を振って雑踏の中に消えて行った。
「えっと……ま、また会えて、良かった!」
さっきから横を向いてもじもじしていたレムナが、意を決したように、ラクシュの前へ勢いよく踏み出す。
羽織った灰色マントがひらりと揺れ、無数の鉱石ビーズをつけた露出の高い衣装が、一瞬だけ見えた。
「この間は、ありがとう。あの時はあたし、ディキシスにもう二度と会えないんじゃないかと思って……あ、クロッカスおじさんから、あなたの名前を聞いたの。ラクシュって呼んでいい? あたしはレムナ! ラクシュの造った魔道具も、お店でいっぱい見たよ! すごく素敵だった! それから……」
どうやらレムナは、陽気でお喋り好きの多い、典型的なハーピーの性格らしい。
「レムナ。礼を言う相手を困らせてどうする」
無言のラクシュを相手に、一気に喋り続けているレムナの肩を、ディキシスが呆れたように軽く叩いて止めた。
「すまない。レムナは嬉しいと、少し喋りすぎる」
ラクシュが軽く首を振り、パサパサと髪を揺らした。
「心配ないよ。私……好き」
「?」
いぶかしげなディキシスに、アーウェンが説明した。
「ラクシュさんは、喋るのは苦手ですけど、相手の話を聞くのは大好きなんです」
「なるほど。そこで君が、最適な通訳者というわけか」
ディキシスが僅かに口元を緩めた。
産まれてこの方、笑ったことなんてありません。とでも言うように無愛想な顔だったのに、その笑みはごく自然で、アーウェンは少し意外だった。