茉莉菜の日記......-11
茉莉菜の墓の前で俺達は並んで手を合わせた。
(茉莉菜....報告が遅くなってゴメン....俺....亜梨紗とつき合う事にしたから....)
茉莉菜への報告を終えて亜梨紗を見ると、亜梨紗はまだ茉莉菜と話しをしていた。その時、風が亜梨紗の髪の毛を靡かせた。
「えっ!?」
俺の視線が亜梨紗の右耳の下のオリオンの三星のような黒子をとらえた。
「亜梨紗?その黒子....」
「黒子?」
「右耳の下の三つの黒子......」
「気づいちゃった?」
亜梨紗は笑顔で俺を見つめていた。
「亜梨紗にも黒子があったのか?」
「そんなわけないでしょ!いくら双子でも黒子の位置まで同じわけないでしょ!」
「それじゃ......」
「純が最初に出逢ったのは、アタシだったって事よ!」
「えっ!?」
俺は言葉を失った。
あの頃、亜梨紗はピアノのコンテストで失敗して、周りの同級生達に嘲笑されていた。それまでコンテストで優勝する事があたりまえになっていた亜梨紗が散々な成績になった事に、これまでのやっかみを込めて嘲笑されたのだった。エリートがたった一つの挫折で心が折れてしまうのもよくある話で、亜梨紗もそうだった。優勝する事があたりまえになっている人が優勝しても、それがあたりまえで騒がれる事はない。優勝してあたりまえの雰囲気の中でコンテストに出場していた亜梨紗のプレッシャーは俺には痛いほど良くわかる。そして、その中で成績を収めていく事の大変さも......だから亜梨紗の心が折れてしまった事も誰も責められない......
そんな時に俺に出逢った......事故にあって入院していて....ボクシングの選手として復帰を目指してリハビリをしている俺に......
選手として復帰する事は絶望的な状況でも諦めないでリハビリをしている俺の姿を見ているうちに亜梨紗は恥ずかしくなった......だった一度の挫折で諦めていた自分が......そして、その時想い出した....自分の夢は茉莉菜の夢でもあった事を......病気でピアニストになる事を諦めた茉莉菜の分まで背負っている事を......それから亜梨紗は翔子さんのマンションに泊まり込んでピアノ漬けの毎日を送り、八月の終わりにあるコンテストに備えた。だから亜梨紗は俺の前から急に姿を消したのである。
そんな時、亜梨紗の言っていた"彼"が気になった茉莉菜が俺に逢いに来た。俺は茉莉菜を亜梨紗と勘違いして茉莉菜に夢中になっていった....今、思えば亜梨紗の話と茉莉菜の話とでは矛盾点があったと思うが、あの頃の俺は自分の記憶違いで片づけてしまっていた......
コンテストを終えた亜梨紗が戻って来た時、俺は茉莉菜とつき合っている形になっていた。茉莉菜から告られ、それを受け入れたのだった。亜梨紗はその事を知ると言葉を失った。最初に出逢ったのは自分のほうだったのに、その事がなかった事になっていたのだから......しかし、亜梨紗は茉莉菜を恨む事はなかった......むしろ最初に出逢ったのが自分だとバレないように性格を変えて今のようになったのである。それまでは性格も茉莉菜と似ていたらしい......訝しがる周りにはコンテストの挫折が自分を変えたと言っていたみたいだった。
茉莉菜は亜梨紗に何度も何度も謝ったみたいだ....しかし亜梨紗は
「出逢った順番に好きになってもらえるわけじゃないから....茉莉菜は悪くないよ....」
何度もそう言っていたみたいだ。実際、その言葉にウソはなく、亜梨紗の本心だった。それでも....俺への想いを諦められなかった亜梨紗は、ウィーンへの留学の話が出た時、即座に了承した。それまでの一年間は亜梨紗にとって辛い日々を過ごしていたみたいだ。好きな人が自分以外の人と仲良くしている様子を見ている事しか出来なかったなんて......しかもその子は自分と瓜二つの女の子だなんて......もしも....俺が茉莉菜と出逢う前に告っていたら......何度もそう考えたそうだ......
「もしも....茉莉菜と出逢う前にアタシが告っていたらOKしてくれた?」
亜梨紗の問いかけに俺は答えられなかった......その時になってみないとわからないからだ......
「今、アタシが彼女なんだからウソでも頷きなさいよ!」
亜梨紗は少し不満そうに文句を言った。
ここまでだったら別に気になるような告白ではなかった。俺達は赤い糸で結ばれていたんだな!なんてクサい台詞で片づけられる事だったから......