ワスレナグサの花言葉-6
「私もね、今はすっかり貫禄のあるおばさんだけど」
そう言いながら、彼女はレジカウンターからスツールをガガガッと引きずってあたしの目の前に置いた。
「若い頃はそれなりに大恋愛をしたもんよ」
ドスンとそれに彼女が腰を下ろせば、必然的に向かい合う形。
真ん丸な顔をしてるけど、よく見ればクリンとしたどんぐりみたいな瞳をしているおばさん。
若い頃はキュートな女の子だったんだろうな、とふと思った。
「初めて本気で好きになった人に出会えたのは、ちょうどあなたくらいの頃かな。かっこよくて、頭がよくて、一緒にいて楽しくて……。運命の人がいるのなら、まさにこの人って思ってたの」
おばさんの口から紡ぎ出される思い出話。
いつものあたしなら、他人の話なんて興味がない、まして陽介のことでいっぱいいっぱいの今、そんな下らない話を聞く余裕なんてないのに、なぜかおばさんのよく通る声が、なんだか耳触りがよくて、あたしは黙って話を聞いていた。
「その人とは、どこに行くにも、何をするのも一緒で、周りから『美男美女の理想のカップル』なんてよく羨ましがられたもんよ。まあ、今はこんなお腹してるけど」
エプロンの上から自虐的にお腹を叩くおばさんにつられ、あたしは自然と小さな笑いを浮かべていた。
何だろ、この人が纏うお茶目な雰囲気が、いつの間にか悲しい気持ちを紛らわせてくれたような気がした。
だけど、おばさんは次の瞬間、少し寂しげに微笑む。
「だけどね、運命の人って思ってた彼とは結局結ばれることはなかった」
「え……」
「彼ね、実家が家具屋さんで、高校を卒業してから丁稚奉公みたいな形で東京の大手家具メーカーの製造部門で働いていたんだけど、そこで彼がデザインした家具が社内のコンテストで特別賞をもらったみたいで、それがきっかけで、今度は提携している北欧の家具メーカーに数年研修生として引き抜かれることになった」
おばさんはあたしを見てるけど、きっとその目には彼の姿が映っているんだろう。
それほどその眼差しには、愛しさがこもっていた。
そうして、おばさんは自分の思い出を、読み聞かせをするように、静かに語り始めた。