ワスレナグサの花言葉-10
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広いはずの世界も、案外ちっぽけだったりする。
――人混みが嫌いって言ってたのに、なんでこういうとこで会っちゃうかな。
ふとした偶然でその愛しい姿を見かければ、こないだ今生の別れをしたばかりの自分が、なんだかマヌケでたまらなくなる。
遠目でもわかる、愛した男の姿を見ながら、あたしは思わず苦笑いになった。
陽介に別れを告げて、訪れた最初の秋。
いつ来ても人でごったがえす都会の街。
突き抜けてしまいそうな程の青空の下、あたしは陽介の後ろ姿を見かけた。
買い物をして帰ろうとしているのか、ショップのロゴが入った紙袋を手に、駅の方に向かっている。
その紙袋は、あたしもよく買い物をするレディースものを扱うお店のそれ。
紙袋を持った手とは逆の手には、髪の毛をふわふわ揺らす、あの娘の手がしっかり繋がれていた。
二人の会話は弾んでいるらしく、時折陽介が恵ちゃんの顔を覗き込んでいるのが見える。
人混みが嫌いなはずのあの人の横顔は、底抜けに明るく笑っていた。
そんな仲睦まじい様子を眺めながら、
「……ヨリ、戻ったんだ」
あたしはそう呟いた。
ショックというより、やっぱりという気持ちの方が強かった。
それほど二人は楽しそうに笑い合っていて。
そのカップルの後ろ姿をぼんやり見つめていると、陽介が恵ちゃんをからかってでもいるのか、恵ちゃんの軽い体当たりを受けつつ笑い合っているのが飛び込んでくる。
イタズラっぽく顔をクシャッとさせて笑う顔も、けだるそうな歩き方も、あたしと過ごした時の陽介と同じ。
だけど、陽介は陽介なのに、もうあたしの知ってる陽介ではない。
あたしを愛してくれた陽介は、もうどこにもいなかった。