5.姿は作り物-8
店員が仕上げたヘアスタイルは満足いくものだった。
サングラスをかけ直し、鏡の中の自分に別れを告げることで、あの男の前に出て行く決心をつけ、悠花は回れ右をしてスタッフルームを出て行った。
村本は目の前に現れた悠花を見て、その姿に陶然としそうになったが、
「これなら、大丈夫、ですかぁ?」
店員の声に、寸でのところで正気を保ち、
「あ……、うん。問題ないよ。本当にありがとう」
と言ってカードをレジに差し出した。「髪の分、いくらか含ませてくれてもいいよ」
「あ、いいんですぅ。……プロのモデルさんをスタイリングさせてもらっただけで充分ですから」
店員自身は満足しているようだった。しかし村本はカードとは別に、札入れから一万円札を二枚取り出す。
「え、いえいえ、ホントに……」
「いいから。取っておいて。あと……、これは何て言うか、すまないが、今日僕達がここに来たことは内緒にしていてほしい、っていう意味もあって。なんていうか……ツイートとかそういうのは、ね? どこから先方に漏れるかわからないから。失礼だけど、何とか収めておいてもらえないか? ね?」
と、店員の胸元にグイッと押し付ける。そこまで言われると受け取らざるをえなくなり、
「すみませぇん、じゃ、遠慮なく……。領収書は?」
言いながら、店員は折り畳んだ一万円札をショートパンツのポケットにしまった。
「いや、いいよ。じゃ、行こうか」悠花の方に言って、もう一度店員を振り返りながら「見送りはナシでいいよ。目立ってしまうからね」
悠花は村本に追いて店を出た。「ありがとうございましたぁ〜……」と、背後から控えめな声が聞こえる。
店外に出た瞬間、両脚に感じた外気による、短いスカートの心許無さは想像以上だった。こういったファッションを好む同性は、いったいどんな感覚て、この露出で街を歩いているのか気が知れない。いつもはただ単にすれ違い、何とも思わない、誰とも知らない通行人の男たちの視線。自分の下半身へ角度が、少しでも下方から向かってくれば、中が垣間見れてしまわないか気になり、常に神経が過敏になる。
村本は一刻も早く店を出たかった。自分好みの"Alluring"に装を変えただけでも、コンドームに向かって透明汁が何度も噴き出していたのに、思いつきではあったが、ヘアスタイルを変えただけで、裏から出てきた悠花の姿は絶句するほどの美しさだった。長めのバングにしている髪を、緩いウェーブをかけて下ろした悠花の姿は、いつも雑誌で見かけるフェミニンで可愛らしく、女性らしいスタイルとは対照的に、どこかしら蠱惑的で崇跪したくなるほどの気高さすら感じさせた。相変わらず斜め後方を歩いているが、ちらりと横に目をやると、保険代理店のショーウィンドウガラスに悠花の姿が映っていた。交互に差し出される、ヒールの高いブーツで更に強調された長い脚。ついさっきまでスキニーに包まれ、守られていたその美脚は、いまやデニムミニによって惜しげもなく晒されている。いや、ニーハイの膝から、デニムミニまでの絶対領域の生脚の麗しさの前では、ブーツもスカートもその美しさを強調するための飾りでしかない。
(……予定変更だ)
村本は街を練り歩き、これほどの美女を連れて歩いている、デートしている、という、すれ違う男たちからの羨望の視線を浴びて優越感に浸る予定だった。しかしチノパンの中では、もう痛苦しいほどに男茎が張りつめ、悠花の姿が視界に入ったり、風の具合で香りが鼻先に漂ってくるだけで、大量の先走りの汁を漏らし続けていた。
もうガマンできない――