5.姿は作り物-3
「いらっしゃいま――、……せ」
レジで伝票をつけていた店員が、客の気配に手を止めて挨拶をしかけたが、凡そ店に似つかわしくない、冴えない中年男の姿を認めると、最後の言葉は小さくなっていった。しかし直後に、男よりも少し背が高い、好スタイルの女性が入って来た。口を結んで入り口のところに立ち、斜め下を向いたままだ。
「あっ……! もしかして――」
店員は、サングラスをかけた面立ちでもすぐ思い当たった。この仕事をしていれば、当然ファッション業界には詳しい。
「しっ……」中年男が口元に指を立てて近づいてきた。「……まぁ、そうなんだ。だけど、ちょっと、アレの名前とかは出さないでもらえるかな? いい?」
アレ、と言って入口の方を親指で差す。
「あ、やっぱり……。そうなんですねぇ」
「いや、他にお客さんはいなさそうなんだけどね、ここにいるのはバレないようにしたいんだ。ごめんね」
「あ、そうなんですねぇ。わかりましたぁ」
と言いながらも、これまでショップ共催でのキャンペーンイベントで会ってきた読者モデル、半素人の彼女たちと比べると一線を画した出で立ちの悠花を憧憬の目で見てしまう。店員は、瀬尾悠花と一緒に来た男はマネージャか何か、と勝手に解釈し、入店当初の警戒を完全に解いていた。
「えっとね、お姉さん。ここって『Miyacostyle』の服って置いてる?」
「はい、ありますよぉ? ――あ、でも『Alluring』はあるんですけど、『Konzert』は無いんですよぉ」
入口の悠花の耳にも、村本が口にしている言葉が届いた。
"Miyacostyle"は或る中年女性デザイナー、今は社長業に専念しているが、その女性が展開しているファッショングループである。悠花も専属誌で身に纏ったことがあった。"Miyacostyle"は2つのブランドを展開している。一つはフェミニンで清楚な印象を与える、割とコンサバティブな"Konzert"で、『La Moda』でも取り扱う事が多かった。
もう一つは、この店で扱うような10代後半から20代前半の、いわゆる「ギャルを卒業」した層をターゲットにした"Alluring"だった。グラマラスカジュアル系と言っていい。
店員は濃いチークに金髪で、紫のノースリーブにホットパンツ姿、背が低く、ふくよかなので、白いホットパンツが余計に太めに見せる。舌足らずに語尾を延ばすので、頭が良さそうには見えない。
そういった系統のファッションは、ティーン誌時代に撮影で少し着せられたことはあったが、大人になってからは、記憶を辿っても袖を通したことはないし、もちろん、自ら買ったこともなかった。
「あ、いや、『Alluring』でも構わない。……あの辺、そうじゃないかな?」
村本は店の中央に立っている、首なしの鉛色をしたマネキンの一つを指さした。
「あ、はいはい。そうですぅ。あれは上下、全部そうですね」
(やっぱ、モデルのマネージャってこういうのにも詳しくないといけないんだ)
店員は村本が見ただけで言い当てたことに感心していた。
だが、村本のファッション知識は『La Moda』のおかげ、つまり悠花のおかげだった。悠花に注目して以来、ファッション誌にはよく目を通している。『La Moda』では扱っていない系統だとしても、ネット上で悠花の動向を追いかける中で、ファッションのトレンドは自然に頭に入ってくるし、悠花が着ないにしてもファッションスタイルについて色々調べたりするから、ブランドやデザイナに関する知識も身についていた。