4.無知の罪、知の虚空-4
「くく……、さ、最低なのは知っているよ」
悠花に貶されて、ゾクゾクとなりながら、「脅迫、し、しているわけだからね。きょ、脅迫している悠花ちゃんに、きょ、今日の、も、『目的』を、み、認めさせたいんだよぉ。……あはっ」
最後の「あはっ」という笑いを聞いて、その頬を思いっきり叩いてやりたかった。とっとと話を前に進めればいいのに、こんなことで時間を費やされるとイライラする。
「はいはい、認めるから。それが何なの?」
「ちゃ、ちゃんと言って欲しいんだ」
「だからぁ……。何が――」
と言おうとすると、スッとスマホの画面を目の前に差し出された。
(……!)
メモアプリが開いており、そこにはこう書かれていた。
『今日は瀬尾悠花のカラダを思う存分、自由にしてくれてかまいません』
調子に乗りすぎている。ニヤケ顔で自分の反応を伺っている卑劣な男の顔が、イヤラしさが滲んで、もともとの醜さ以上に歪んで見える。
「ふざけないで」
一瞬演技を忘れて、悠花自身の人間味が顔を覗かせそうになった。
「言って、く、くれないんだ?」
「何でそんなこと言わなくちゃなんないのよ」
「言ってるじゃないか、は、悠花ちゃんの、ど、『同意』が欲しいんだ」
「……」
話が堂々巡りしそうだ。何とか演技の役を取り戻しながら、
「わかったから。でも、ここではイヤ。……二人きりになったら、言ってあげる。それでいいでしょ?」
押し問答を繰り返していても、時間を浪費するだけだと思った。
ともすれば、大声をあげて目の前の脅迫者をなじってしまいそうになる。まずは、周囲の目を何とかしたほうが良く、一部折り合って、話を進展させるべきだと考えた。
「は、恥ずかしいのかな。……ま、まあいいよ。じゃ、べ、別のところで言ってもらうことにしよう」
「はいはい。……行くんだよね?」
長い脚をチェアから下ろして立ち上がる。
悠花が立ち上がった瞬間、村本はすぐ傍にスラリと立ち上がったレッグラインを浮かび上がらせているスキニージーンズの肢体に、腰をわななかせた。カウンターの影での出来事に悠花は気づいていなかったが、村本が立ち上がらないのを見て、怪訝な顔で見下ろし、
「ちょっと、何?」
と言うと同時に、目の前にまたスマホが差し出された。
「だから、それはここから移動したら、言うって言ってる――」
と、言いかけて、スマホの文章が変わっていることに気づいた。
『そこのトイレに入って待ってて』
目線を巡らせると、コーヒーショップ内の隅にトイレがあるのが見えた。そんな要求をされることは全く予想していなかったから、内心混乱しそうになった。本能的に、この要求に従うことは、何か不吉なことが身に起こるに違いないと察っした。
「何言ってるの? そんなのしないし」
すると、男はスマホを自分に向け、軽く操作すると、もう一度悠花に見せた。
「……い、いつでも、が、画像を、こ、こ、公開す、する準備はできて、いるんだ」
画面には、あのカラオケボックスでの悠花の姿が映し出されていた。
「ちょっ……! そんなの出さないで」
幸い二人の様子をずっと伺っている者は店内にはいなさそうだった。それでも周囲の目を気にして、小声で咎めた。
「は、悠花ちゃんも、わ、わかってるか、かも、しれないけど、い、一度、こ、公開されちゃったら、い、一気に広がるからね、こ、こ、こういうのは……。ど、ど、どうする?」
男の吃りは更に酷くなっている。高揚している。つまり、トイレに入れば、ただで終わらせるつもりはない、ということだ。
「変なことする気でしょ?」
「そ、それより、そ、そうやって、つっ立ってる方が、周りにへ、へ、変に思われる、よぉ? ……ど、どおする、のぉ?」
村本は、これ見よがしに、親指を"Publishing"というボタンに触れさせようとした。
「とっ……! ちょっと待ってよ」
「ほら、い、い、行くか、……い、い、行かないかだけの話だよ? じゃ、5秒以内に決めてね。ご、ごぉ……、……よ、よん……」
「……っ」
舌打ちをすると、男の方を振り返りもせず、悠花はトイレへ脚を向けた。