流行の服はお嫌いですか?-3
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―― 仕立て屋にて、かなり時間がかかってしまい、アーウェンが家に戻ったのは、夜も遅くなってからだった。
早くラクシュに会いたくて、扉を開けて駆け込むと、なぜかラクシュは玄関口に座り込んで鉱石を彫っていた。
あやうく躓きそうになって、つんのめる。
「ラクシュさん!?」
ラクシュは立ち上がるとローブの裾を払い、いつもと同じ無表情のまま、アーウェンにそっと抱きついた。
「……おかえり」
抑揚のない声は、とても嬉しそうで、可愛らしく聞こえた。
「は、はははいっ! ただいま!」
今すぐ押し倒したい衝動を必死で堪え、居間で荷物を降ろして、鉱石を取り出す。
「……ありがとう」
大切そうに鉱石を受け取るラクシュへ、抱えて持ってきた大きな紙包みも差し出した。
「遅くなってすみません。これを作ってもらってて……」
「ん?」
ラクシュが首をかしげて包みを開き、現れた二着の服に、目を少しだけ見開く。
「ラクシュさんの服、破いちゃいましたから」
クロッカスとも懇意にしている仕立て屋の女店主は|蜘蛛女《アラクネ》で、人間のお針子より数十倍の速さで衣服を仕立てられる。
彼女は以前に作ったラクシュのローブをちゃんと覚えていて、まったく同じものを即座に製作してくれた。
「ん……ありがとう」
真新しい黒のローブを手に取ったラクシュが、満足そうに頷く。
そして、もう一枚の服を広げて首をかしげた。
「ん?」
既製品を仕立て直したものだったが、女性服に関する店主の講義を長々と聞かされながら、アーウェンが散々苦労して選んだのだ。
「それ、ラクシュさんに似合うと思うんですけど……気に入りませんか?」
「……」
アップルグリーンの生地に、ベージュ色のレースとオリーブ色のリボンを飾った衣服を、ラクシュは無言で眺めている。
背中と横のリボンで、サイズを多少は調整できるようになっており、膝丈のスカートは、薄く柔らかな布を何層も重ねてしたてあげられている。
服と揃いのフードつきケープは、赤い鉱石のボタンで前を留めるようになっていた。
店主が言うには、流行服は露出の高いものばかりでなく、こんな型の服も人気らしい。
「……」
ラクシュが無言で服をテーブルに置き、やっぱり気にいらなかったかと、アーウェンは密かに内心でため息をついた……が。
「っ!?」
ラクシュがいきなり、ローブを目の前で脱ぎ捨てた。
「ラクシュさんっっ!!??」
何回も服を脱がせて裸を見ているが、唐突に露となった素肌に、アーウェンは顔を赤くする。
「ん……?」
下着だけになったラクシュは、アップルグリーンの服に袖を通そうと、四苦八苦しはじめた。
簡単に着れる貫頭衣ローブとは違い、少し複雑なつくりなので、どうやって着るのかわからないらしい。
「えっと……確か、こうやって着るそうです」
女性の着替えを手伝っていいものか迷ったが、見かねた末にアーウェンはホックの位置を教え、リボンを結んだ。
「ん」
感心したようにラクシュが頷き、何層にもなった薄いスカート布を指先でつまむ。
仕上げにケープのボタンを留めると、真っ白な髪と赤い瞳をもつ、お人形のような愛くるしい姿になった。
「う、わ……」
アーウェンは顔を赤くしたまま硬直する。
「ん?」
首をかしげたラクシュに、気の利いた褒め言葉でもかけたいのに、うまく言葉が出ない。
ラクシュを抱きしめて、昔は闇色だったという髪へ口付けた。
「ラクシュさん……」
伝えたいことがあるのに、それ以上の声が続かない。
キルラクルシュを失った吸血鬼たちは、人間たちの思わぬ反撃に慌て、きっと仲間の一人を、彼女の偽者に仕立てたのだろう。
黒い仮面をつけた偽看板のこけおどしで、人間たちを追い払えると思ったのかもしれない。
だが、アーウェンが伝えたいのは、そんなことではない。
いずれ耳に入ってしまうだろうが、彼女は故郷の崩壊を、絶対に喜んだりしないだろう。
「ラクシュさん、俺は……」
もしも、逃げ延びた吸血鬼がラクシュの居場所を突き止め、もう一度助けてくれと頼んでも、絶対に渡さない。
万が一、討伐隊に正体がばれても、全力で守って見せる。
―― 人間も魔物も……世界の全部を敵に回しても、俺はずっと、貴女の傍にいたいんです。
「アーウェン?」
腕の中で、モゾモゾとラクシュが首をかしげる。
うっかり抱きしめる力が強すぎたのに気づき、あわてて離れた。
「す、すいません! その……すごく、可愛いです!!」
可憐な装いに改めて見惚れ、愛おしさがこみ上げてくる。
「つぎの曇りには、鈴猫屋に行く予定でしたよね!? その服、せっかくだからクロッカスさんにも見せてあげましょう! 危ないから、近づきすぎちゃダメですけど!」
しかし、浮かれ気分全開で告げると、ラクシュはさっと横を向いて、首を振った。
「ダメ……いつもの、ローブにする」
「え?」
「これ、好き……でも……無理、なんだ」
ラクシュはチラっとアーウェンへ視線を向けると、いそいでまた逸らし、硬く目を瞑ってしまう。
そしてアーウェンの胸元に顔を埋めるようにして、抱きついてきた。
「アーウェン……」
「あ、あの……どうしたんですか?」
「きみは…………過ぎるよ」
ぼそぼそっと呟かれた小声は、一部が聞き取れなかったが、とても幸せそうな声だった。