3.滑落-7
悠花が迷っている間に、先手を打つようにメールが届いた。また【】で強調している。さんざんボヤかしてきたくせに、「どういうことですか?」と、意味が分からないフリもできないほど、明確に。
しかも直前の文章には悠花に対する強い執着が綴られている。
にもかかわらず、ここまで引っ張っておきながら結論を明日に保留しようとしてきた。
(あ、ちょ……)
『いやです。他の方法は無いんですか?』
送信したが、返信は途絶えた。
――「その体を、俺の自由にさせてほしい」と打って送信したとき、村本のジーンズの中は大量の先走った粘液によって、ドロドロになっていた。デニム地であるのに、外から見てもわかるほど股間の表面に色濃いシミが広がっている。すぐにでも自慰をして爆発したかった。
今日まで村本は、40歳を越えてもなお毎日、それも大抵は一日一回では済まなかった自慰行為を自制していた。夢精するかもしれないほど溜まっているが、あの風俗嬢の寸止めの日からずっと、計画を練りながら一度も出さずに我慢し続けていた。
悠花を「自由にする」その時のために。
村本がしたためたノートの想定の通り、恐ろしいほど順調にここまで漕ぎつけた。回答を保留したのは、悠花が売り言葉に買い言葉で会うことをOKしても、またひょんなことで決意を翻す可能性があり、それが繰り返される方がむしろ長引くと分析していたからだった。それに股間の疼きは限界に近いから、あまり長引かせるのは村本自身の体力と精神にとって得策ではない。
ここで一旦時間を置いたことによるリスクはある。悠花個人でコンタクトを取ってきたところを見ると、まだ誰にも知られていないと見ていいだろう。だが、体の要求にまで話が具体化した場合、誰かに相談してしまう可能性があった。
そこはもう賭けだった。
あまり時間を置くつもりはなかった。最後に悠花から届いた焦りのメール。その様子から察すると、昼間、仕事をしているかもしれない時間まで連絡がなければ、こちらから煽ってやることが、最も有効な作戦だと判断できる。
『どうかな? 決心はできた?
最後に貰ったメールには、
返信できなかったけど、
他の方法は、無い、と考えてもらっていい』
――悠花は何も返信ができず、殆ど眠れないまま仕事に向かう羽目になった。メイクを落としてシャワーを浴び、少しの時間でも床に就いたが、翌朝の表情からは寝不足感を払拭することはできなかった。撮影現場では生理を理由に寝不足であるとウソをついて、メイク担当に何とかファンデーションでごまかしてもらった。
いざ撮影となっても、悠花のポージングには全くキレはなく、創り出す表情はいつもの魅力には到底及ばないものだった。度々カメラマンに指摘されながら撮影は長引いた。休憩を挟まず撮り切ったあと、更衣ルームで携帯を見ると、このメールが入っていた。
(何なのよ。今返すのは、ムリだし……)
何人ものスタッフが関わる撮影を滞らせてしまった、プロモデルとしての慚愧があったから、今ここでイエス、ノーの判断をするだけの余裕はなかった。それに今日は、バゼットとデートだ。明日はオフだから朝まで一緒にいるつもりでいる。
『どうしたんだい?
今日の時間も無くなってきたよ。
今日中に答えが出なかったら、
交渉決裂。
そうなったら、
……わかってるよね?』
夕方、バゼットと食事するためにレストランに入ったところで再びメールが来た。
「ちょっと……、メール。ごめんね」
頷いたバゼットがアルコールを注文する間に、素早くメールを打つ。