○○は、ごはんに入りますか?-6
「あ……っ……く……」
雪色の頭を抱きかかえるように身体を丸め、何度も痙攣しながら精を吐き出す。
ラクシュが逃げ場もないまま、喉奥に流し込まれたものを、必死に飲み干す音が聞こえた。
「はぁ……はぁ……けふっ……」
ようやくアーウェンから離されたラクシュは、大きく肩で息をして何度か咽こむ。アーウェンも荒い呼吸を繰り返し、茫然とその姿を眺めていた。
「っ! 大丈夫ですか!?」
ようやく我に返り、まだ咳き込んでいるラクシュの背中を、急いでさすった。
「ん……」
ラクシュはこんな時まで無表情だが、蒸気した頬は涙で濡れていた。手の甲で口端の汚れを拭い、小さく頷く。その仕草に、また頭の芯がゾクリと痺れかかった。
必死で顔を背け、ラクシュを組み敷きたい衝動を押さえ込もうとした。
「す、すみません。こんなことするつもりじゃ……言い訳ですけど……我慢できなくて……」
自分への嫌悪に、歯がガチガチ鳴る。
ラクシュはとても頑丈な吸血鬼らしいが、だからといって乱暴に扱って良いことにはならない。
彼女はアーウェンに、数え切れないほど沢山のものをくれた。
食事や衣服などの物質をくれた。優しく差し出される手や、「心配ない」と声をかけられる安心感をくれた。
自由をくれたのも彼女だ。
それが全て、購入した魔物の少年を食事にする目的からだとしても、結果的にアーウェンはラクシュを、自分の何もかもを喜んで差し出したいと思うほど好きになった。
―― 貴女から奪い取りたくなんかない。貴女に差し出して欲しいんだ。
「アーウェン?」
ラクシュの細い指に頬を拭われ、ようやく自分が泣いていたことに気づいた。
その手を取って、額に押し当てる。さらに涙が零れて、嗚咽が漏れそうになった。
「俺……自分でもどうしようもないくらい、貴女が好きです……」
やっと気づいた。
ラクシュが故郷を捨てたのは、自分を利用し裏切った同族を、激しく憎んだからと、勘違いしていた。
キルラクルシュがその気になれば、力づくで彼らを屈服し、支配することもできたはずだ。
それをせずに、一人で『ごはんを買いに行く』道を選んだのは、今のアーウェンと同じ事を思ったからではないだろうか。
あんな目に会わされても、彼女はまだ、故郷の仲間たちを好きなのだ。
そしてせっかく買ったアーウェンにも、血を飲ませてくれと、十年も言えなかった。
ラクシュは皆を好きなのに、自分の異質さが、人間からも魔物からも自身を孤立させてしまうと、思い知ったから……。
クロッカスの言う通りだ。彼女は、なんて生き辛い吸血鬼だろう。
「ん?」
ラクシュは首を傾げ、少し考えこんだあと、もう片手を伸ばし、アーウェンの髪を子どものように撫でた。
「心配ないよ……私、とても頑丈」
「はい、知っています。でも……俺は……」
「それに……私、ちゃんと怒る」
「……え?」
ようやく目線をあげると、胡乱な赤い目が、まっすぐにアーウェンに向けられていた。
「アーウェン、大好きだよ。だからもし、嫌なこと、されたら……私、きみを叱って……それから、許すよ」
「ラクシュさん……」
「きみと、ずっと、一緒にいたいんだ…………だから私、今度は、間違えない」
途切れ途切れで抑揚のない声だけれど、とても力強い意志を感じた。
「心配ないよ。私……とても、強い」
きっぱりと頷く不死身の女吸血鬼へ、アーウェンもつられて頷き、苦笑する。
「はい」
とんだ自惚れだった。
彼女が本気を出せば、たかだか二十歳の人狼小僧など瞬殺だ。
「……ケホッ」
ラクシュがまた、小さくむせた。
「駄目、だった……美味しく、ない」
抑揚のない小声は、今度は落胆の色を含んでいた。そっとラクシュの頬に両手を沿え、唇を重ねる。自分の出したもので粘ついている口内を舐めてみた。
「はは……不味いですね」
生臭いし苦いし、変な味がする。こんなのを美味しいなんて、とても言えない。
念のために用意しておいた水差しと洗面器を使い、二人とも口をすすいだ。
「でも、すごく気持ちよかったです……。今度は俺が、ラクシュさんにしていいですか?」
ラクシュを抱きしめて耳元で告げると、白い耳朶が赤く染まった。
「……ん」
頷いたラクシュは頬を蒸気させ、赤い瞳を潤ませていた。太腿を擦り合わせ、ポツポツと呟く。
「アーウェンの、口でしたら、発情した……不味かったけど、嫌じゃない。私、また……したい」