ゴハンですよ-2
アーウェンのエプロンを握りしめ、俯いて無言で肩を震わせていると、頭上から穏やかな声が聞えた。
「……もしかして、血が必要ですか?」
「っ!」
弾かれたように顔をあげ、工房に逃げ込もうとしたけれど、素早く強い人狼の腕に掴まった。
「やっぱり。十年も食べてなかったら、またすぐにお腹すくだろうなぁと思ってました」
アーウェンがにこやかに笑う。
「ぁ……っ……ぇ……ん……っ! きみ、を……」
目の奥が熱くなり、両眼から涙がボロボロ溢れてきた。
―― きみを、信じてるのに……どうしても、怖くて言えないんだ……。
大きな手にそっと頭を抑えられて、エプロンの胸元に顔がくっついた。
「それに、ラクシュさんはきっと、また言い出せないんじゃないかなぁって、思ってました」
「っ!?」
「……俺、最初の飼い主の夢を、今でも時々見るんです」
頭を押えられて顔を上げられないまま、アーウェンの静かな声を聞く。
「もう十年……俺の人生は、ラクシュさんと過ごした方が長くなったし、どうせ過去の夢を見るなら、楽しい部分を見たいんですけど……」
アーウェンは少し言葉を切り、それから溜め息とともに続きを吐き出した。
「嫌な記憶ほど、しっかりこびりついて、消えてくれないんですね」
「……」
ようやく手が離されて上を向くと、キラキラ眩しい人狼青年の笑みが視界いっぱいに写った。
「だから、無理して言わなくても良いですよ。ラクシュさんが言えなくても、こうやって俺が気づいてみせます」
「……アーウェン」
ようやく、彼の名前を呼べた。
「はい、ラクシュさん」
牙の伸びた口を開くと、アーウェンがシャツのボタンを外して、少し身を屈める。
逞しい生命力に富んだ首筋から、頭がクラクラするほどいい匂いがする。
もう前に飲んだ傷跡は、しっかり塞がっていた。
キラキラな光を周囲に散らした人狼青年が、嬉しそうに言う。
「ゴハンですよ」
終