そうだ 靴を買おう-6
次の日は薄曇りだったので、僅かな所持金の残りを持って、街まで必要な生活用品を買いにいった。
空き家には家具が一そろい残っていたが、どうしても足りないものだって出てくる。それに、魔道具屋に仕入れを申し込む必要もあった。
赤茶色のトンガリ屋根が並ぶ街を歩き、保存食糧などを買っては、台車に積んでいく。
魔道具の材料も仕入れると、台車はいっぱいになった。
「全部?」
商店街を一回りしてから、ラクシュが台車を指差して尋ねた。
「はい、もうこれで……」
チェックリストを眺め、アーウェンは頷いたが、ふとその時、目端に飛び込んだ店があった。
「……ラクシュさん。まだお金、残ってますか?」
「ん」
ラクシュが頷いたので、アーウェンは彼女の足元に視線を落とす。
布製のスリッパは、旅の合間にボロボロになって、ラクシュの足へボロ切れがへばりついているような状態だった。向き出しの足は細かい擦り傷だらけで、爪が二枚剥がれて薬草を巻いている。
少し迷ったが、どうしても我慢できすに言ってみた。
「ラクシュさんの靴を、買いましょう」
「……いらない」
首を振るラクシュの手を、思わず掴んだ。
「心配ないですよ」
『心配ない』ラクシュがよく、アーウェンにかける言葉だった。
……いつからだろう。無表情の口元から、抑揚のない声で放たれるそれが、とても暖かく感じられるようになったのは。
「普通の靴を履いても、もう怖いことなんかない。それに……その靴を履いてから、一人になったんでしょう?」
卑怯だと思いながら、彼女の傷を抉るような言葉をかけると、黒いフードの奥で、ラクシュの赤い胡乱な瞳が、少しだけ見開かれた。
「…………でも……」
珍しく、怒ったような声だった。
事情は知らないけれど、きっとラクシュにとって、このスリッパは特別な意味を持っているのだと思う。
嬉しい事と辛い事を同時に含んだ……脱ぎたいのに脱げない、呪いのような靴なのだ。
「ラクシュさんがどんな靴を履いたって、俺は……ずっと一緒にいます」
ラクシュがパクパクと口を無言で開け閉めし、それからきゅっと唇を噛む。
「……ん」
頷いた彼女は、スタスタと靴屋に向かった。店主に自分の足を指差して、靴が欲しいと身振りで伝える。
そして帰り道。
重い台車を二人で引きながら、フードを目深に被りなおしたラクシュが視線を下に向けた。その足には、オリーブ色に染めた革靴を履いている。
「アーウェン。私……大好きだよ」
短く抑揚のない声は、とても満足そうだった。
きっと『靴が』好きだと言ったのだろうけれど、『きみが』と言われたような気がした。
そしてあの日、彼女を睨んで良かったと、心の底から思った……。
***
―― それから、あっという間に十年が過ぎ、アーウェンは一人前の青年に成長した。
(ラクシュさん、やっぱりどこか具合でも悪いんじゃないかな……)
昔より、明かにやつれている彼女を眺めていると、白い頬に赤いスープが一滴飛んだ。
「ラクシュさん、ついてます」
すかさず手を伸ばして、ラクシュの頬を指先で拭う。
「ん……」
軽く目を瞑り、されるがままの姿に、あやうく狼の尻尾が出そうになる。
(あああああ!!! 可愛い!! 可愛いですよ!! ラクシュさん!! もういっそ俺、そのトマトスープになりたい!!)
必死で堪えているが、床を転げまわって悶絶したいほどだ。
ついハァハァと荒くなる息を押し殺し、ひたすら内心でラクシュを愛でる。
彼女がどこから来て、なぜアーウェンを買ったのか、未だに知らない。
それでももう、ラクシュ無しでは生きられないと思うほど、大好きになってしまった。
彼女を元気にするためだったら、命だって喜んで差し出してみせる。
―― そしてアーウェンは半時間後。
ラクシュの秘密と共に、彼女が憧れの英雄だったことを、知る事になるのだ。
終