そうだ 靴を買おう-4
その日のうちに街を出て、彼女との旅が始まった。
無口な彼女は、自分からは何も話さないが、アーウェンが尋ねると、つっかえつっかえの言葉で答えてくれる。答えてくれない事もあったが、それはしつこく聞かない事にした。
とにかく、彼女の名はラクシュで、野菜しか食べられない奇妙な吸血鬼だと知った。
言葉が拙いのは、遠い外国からきたせいかと思っていたが、どうやら単に話すのが苦手らしい。
吸血鬼のラクシュは日光が苦手だ。日中を出歩けるのは、曇りや雨の日だけ。基本的に日中は眠り、夜に行動する。
人狼のアーウェンも、本来なら夜行性だから、昼夜逆転の生活にもすぐ慣れた。
しかし、この国は魔物に厳しく、もし吸血鬼と人狼とバレたら、とても面倒なことになるから、旅はあまり楽ではなかった。
街道や街には必要以上に寄らず、主に森の中を歩き、野宿する。
ラクシュは森の草木を魔力で操り、つる草のハンモックや陽を防ぐテントを作った。そして、牢屋で身体が弱りきっていたアーウェンに、兎や鳥を捕まえてきてくれた。
肉なんか食べるのは本当に久しぶりで、もの凄く美味しかった。
アーウェンが焚き火で肉を焼いている横で、ラクシュは木の実や山菜を齧り、キノコまで生で食べていたから、見かねて焼いてやると、驚いたようだった。
「……美味しい」
ボソリと呟き、それから木の実や山菜を焼きたがった。
どうやら彼女は、今まで生の野菜しか齧ったことがないらしいと、気づいた。
アーウェンは、生で食べたほうが美味しいものと、焼いたほうが美味しいものがあると教え、ラクシュが採って来る木の実を、できるだけ調理するようになった。
盗賊や魔獣にも何度か襲われたが、ラクシュは草木や石を操って敵を打ち、あの凄まじい力を使って武器を引きちぎり、あっという間に倒してしまった。
しかし、大抵は命まではとらず、相手が逃げればそれ以上は追わない。
(……同じ吸血鬼でも、キルラクルシュとは大違いだな)
朝日が昇り始めた森の奥、つる草のテントの中でラクシュの寝顔を眺め、アーウェンは胸中で呟く。
この遠い地にさえも名を轟かせている、不死身と呼ばれる女吸血鬼キルラクルシュは、アーウェンの憧れだった。
黒い鉄仮面で覆われた彼女の素顔を、人間は誰も見たことがない。
闇色の長い髪をなびかせ、靴からマントまで全て漆黒の衣装をまとった恐ろしい姿だけが伝わっていた。
キルラクルシュは、何万もの人間を容赦なく殺したそうだ。
人間達は、とても残酷で凶暴な吸血鬼だと言うけれど、アーウェンのような魔物たちからすれば、彼女は英雄だ。
生まれてからずっと、自分を酷い目にあわせ続けていた人間を、アーウェンはとても憎んでいる。
もしキルラクルシュなら、昨夜のように盗賊が泣いて命乞いしようと、容赦などしないで殺しただろう。
「……ラクシュさん、か」
名前は少し似ていても、全然違う。
フードを脱いで露になった髪は、雪のような真っ白で、乱雑に短く切られている。
目を閉じ眠っているせいで、少しやつれていても彼女はとても美しく見えた。
吸血鬼には恐ろしいほどの美貌を持つ者が多く、彼女はまさしくその部類だ。あのうろんな無表情が、美貌を曇らせてしまっているだけだった。
森の草木を操る能力といい、血を飲めなくても彼女はまぎれもない吸血鬼だ。