そうだ 靴を買おう-2
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十年前。
まだ少年だったアーウェンは、隣国で魔物奴隷として檻に入れられていた。
その店は、盗品など、大っぴらに売れないワケあり魔物奴隷ばかりを扱っており、買い手もまともでない人間ばかりだ。
そしてある日、奴隷商人に案内されてやってきた女は、地下の檻に繋がれた魔物奴隷たちを見渡すと、一人一人に近づき、いきなり傷口を舐めたのだ。
いつも威張り腐ってる奴隷商人が、顎の外れそうな顔をしてるのを、愉快と思う余裕もなかった。
フードの奥からチラリと見えた青白い顔は、ぞっとするような無表情で、目の周囲には濃い隈がある。あんまり怖すぎて、逆に目が離せなかった。
全力で警戒して、絶対に俺を選ぶなと睨んで威嚇したのが、かえって悪かったらしい。
黒い貫頭衣ローブを着てフードを目深に降ろした女が、魔物奴隷商人に金貨を支払っている間、他のヤツラみたいに目を逸らしときゃ良かったと、心の底から後悔した。憎らしい鉄格子の檻が、名残惜しいとさえ感じた。
女は金貨と引き換えに、アーウェンの首枷から伸びた鎖を受け取った。旅人なのか、膨らんだ重そうなバッグを背負っている。膝丈のローブからは白く細い足が出ていて、履いているのは、なぜか室内スリッパだった。
鎖を握る女の後ろから、湿っぽい石造りの階段を昇り、久しぶりの地上に向うアーウェンは、泥だらけで穴の開いた室内スリッパをじっと眺めていた。
この国の王城には、魔物を産む泉がある。
不思議な材質で囲われた泉は、一種類の魔物ではなく、さまざまな魔物を産んだ。
これは特に珍しい泉らしいし、人間の確保している泉自体が少ない。そして王城の泉で産まれた魔物は、主に奴隷として売買される。
……アーウェンのように。
人狼は幼児の姿で産まれ、数年で成人姿へと急成長する。
人とまるで変わらない姿から、半獣のような姿へ自在に身体を変えられ、体力も腕力も魔物の中では抜きん出ていた。
よって、力仕事や危険地帯での作業などに使われる場合が多い。
しかし、アーウェンを最初に買い取った男の目的は、魔物の子どもを嬲ることだった。
この国では名のある貴族の一族らしく、男はステンドグラスで飾られた瀟洒な館に住み、美しいドレスを着た愛妾を何人もはべらせていた。
アーウェンにも普段は小奇麗な服装をさせて従者として使っていたが、何かと難癖をつけては、仕置きと称して鎖に繋ぎ鞭打った。
だから、殺した。
繋がれたまま、優越感たっぷりに振り下ろされる鞭を掴み取り、男を引き寄せて喉首を噛み千切った。
怒りのあまり、後で自分が処刑される可能性なんて忘れていたし、もし覚えていても、同じことをやったと思う。
人間の街を、人間に引き回されて歩く運命に、うんざりしていた。
だが、男の親族は、肉親の悲劇を嘆くどころか、むしろ嬉しがっていた。そして人狼の奴隷は、ワケありでも結構な高値で売れるとも言っていた。
アーウェンは書類上だけで処刑され、密かに奴隷商人へと売られることになった。
そして今日……この、異様な女に買われたのだ。