変心-1
恵はあまりの異臭に顏をしかめた。アンモニアと汗だけでない、なんとも言えない発酵臭…。多分、自慰後に清液を拭き取らずそのまま何日も放置した結果であろう。その証拠に目の前にある陰茎の亀頭部分には黄色味がかった恥垢がびっしりとこびりついていた。
「しゃぶれ」
とんでもない臭いを放つ浮浪者の陰茎を前に、明らかな拒絶の意志を表情に浮かべている恵の頭上から、無機質な声がかけられた。
“これを…口に…?”
数分前に会ったばかりの他人、しかも不潔極まりない浮浪者のものを口にするなど、はっきりと有り得ない。しかし…
否も応も無いまま、眉間に皴を寄せ陰茎から顏をそむけ続ける恵の葛藤を楽しむように、後ろの男は無言で足下に跪く女を見つめていた。
教師として10年以上も「先生」と言われ続ければ、自覚は無くともプライドは肥大化する。女としても小さく細身で童顔とくれば、生来の愛嬌の良さとあいまって、さぞかし周囲の男どもからちやほやされただろう。そんな女がチビ、デブ、ハゲ、不潔、浮浪者と五重苦のオヤジのチンポをしゃぶるなど、できるはずもない。だが、この女はこれから口もマンコもケツの穴も、何本ものド汚いチンポで犯され抜くのだ。際限なく汚れていく身体に心はどのように反応するだろうか。大変興味深かった。
最後まで嫌悪し拒否し続けられるだろうか。
途中で心折れ、諦め慣れてしまうだろうか。
どちらにせよ、できるだけ長い間、状況に抵抗し続けて欲しいものだと男は思った。
“堕ちるまでの時間が長いほど大きなカタルシスが得られる。せいぜい頑張ってくれよ。”
最終的にはプライドどころか人権すら無い公衆便所にし、壊れるか飽きるまで使用した後、ぼろ雑巾のように使い捨てる予定である。だが、それは単に結果であって、目的ではない。男の目的は堕ちていく過程を楽しむことであった。
まずは第一歩として他人のチンポを受け入れさせる。そのためにこの場を設定したのだが、さて、少し状況を動かしてみるか。
男はいまだ固まったままの恵に声をかけた。
「1つ約束をしよう。お前が男を100回射精させたら解放してやる。射精させる男はそいつじゃなくてもいいし、一人じゃなくてもいい。」
その言葉を聞いた恵は男の方を振り向き、怒りのこもった目で睨みつけた。『そんな約束、信用できるはずが無い。』という言葉が聞こえてくるようだった。
もちろん、そんな保証はどこにもない。信用されないのは百も承知だ。もとより、身体中の穴という穴を犯しぬき、乳首やマンコにピアスを施し、小便を飲ませ糞尿を垂れさせ、その姿をネットで晒し、社会復帰など到底できない状態にするまで解放するつもりなど微塵も無い。
だが、その為には避けなければならない事が1つだけある。それは恵が立派な便器になる前に自殺という形で過酷な現実から逃避を図るケースだ。
人は欠片でも希望があれば死なない。加えて、人は己に都合が良い事を信じたがるものだ。その傾向は絶望的な状況であればあるほど強くなる。真っ黒なキャンパスに描かれたほんの小さな光点に視線が引き付けられる様に、男の言葉に根拠や保証が無くても、この状況下では信じたくなるはずだ。
“あとは、キャンパスをより深く、漆黒に染め上げて、ほんの少し光を足してやればいい。”
男はさらに言葉を重ねた。
「嫌なら好きにすればいいが、いつまでたっても状況は変わらない。お前が努力すれば早く帰れる。時間はたっぷりある。よく考えるんだな。」
そう言うと男はゆっくりと隣の浮浪者の後ろに回った。
下半身を露出し、下品な想像によだれを垂らしながらニヤニヤ笑っていた浮浪者は、とうとう目の前の女とやれるのかと心躍らせた。女とやるのは何年ぶりだろうか。しかも素人の女とやれるなんて。普段住んでいる公園で、カップルがいちゃつくのをじっと見ながらマスをかくことはあっても、女とやるチャンスなど無かった。公園の女子便所で覗きをしながら、何度このまま女を襲ってやろうと考えたことか。正体不明の男に女を抱かせてやると声をかけられ、まさかと思いつつもついて来たが、こんないい女が抱けるとは夢にも思わなかった。せいぜいトウの経ったブスのババアだろうと思っていたいたのだ。
目の前で両手を後ろ手にくくられ跪く女は、小柄で胸は申し訳程度しかなく、化粧気もゼロで、服装も地味で、はっきりと素人であると思われた。しかし、顔は人並み以上に整っており、大きく生気に満ちた瞳と八重歯が可愛さを引き立てていた。若い頃なら化粧と服を変えれば十分アイドルとして通用しただろう。商売女や派手なヤリマンしか相手にしたことが無い浮浪者には一生縁の無いタイプの女であった。
“まずは、このプライドが高そうな女にチンポをしゃぶらせ、バックから突っ込んでやる。”
浮浪者がそう考え、一歩前に踏み出したとき、事態は一変した。
後ろに回っていた男が手に持ったビニール紐を浮浪者の首に回し、一瞬にして締め上げたのだ。細い紐の両端は長さ30センチ程の鉄の棒の端にそれぞれ括り付けられており、男はその棒を素早く回転させていった。勢い紐は浮浪者の首に見る見る間に食い込んでいき、もともと黒く薄汚れていた顏は赤黒く変色していった。何が起こったか理解できずに膝を折り崩れていく浮浪者は、指を紐にかけようともがくものの、その抵抗は1分も続かなかった。
そして遂に浮浪者は動きを止めた。
恵は状況を理解できなかった。
“ヒトガシンダ”
作り物のドラマを見ているような、現実感の無い光景であった。