2.幸運は勇者以外にも味方する-2
「そう……、女性から見てもそう思うんだ?」
「そうですねぇ。っていうか、あのスタイルは反則ですよ。一体何したらあんな風になれるの、って感じですね。……お客さん、瀬尾悠花のファンなんですか?」
「あ、いや……」
男が口ごもったので風俗嬢は、しまった、と思った。中年のモテない男にとって、瀬尾悠花のような若い美人モデルのファンだ、などというのは、熱狂的であるほど世間的には「イタい」部類に入るだろう。風俗嬢にしてみれば、大人数の若いアイドルグループのファンをしているほうが余程イタい男に見えるから、瀬尾悠花ならまだマシだと思えるが、もし、それが男にとって公然と言いたくない事だったのであれば、接客として今の質問は失言であった。
「……うん、タイプの子だよ、すごく」
ほっと胸を撫で下ろしつつ、
「そうなんですかぁ。いや、私が男でも、あの子は絶対ファンになっちゃいますよ」
そして部屋の隅に備えられたタイマーを見た。「あの……、延長分も残り5分なのですが、どうされます?」
あわよくば、もう一回延長してほしい。風俗嬢が殆どの男がウィークポイントである亀頭の裏の窪みに親指を這わせ、押しこむように少し力を入れて刺激すると、この男も多分に漏れずピクッと足の付け根の辺りを震わせた。
「うん、じゃあ……」
と言いかけて、急に風俗嬢の手の上から動きを制し、スマホの画面へ食い入るように見入った。ふくらはぎに力が入ったのが、風俗嬢にも分かった。
「あ、いや、……今日はここまでにしようかな」
明らかに男の様子が変わった。
「え、でも、お客さん、最後までしてないじゃないですかぁ」
風俗嬢はこの上客を手離したくなくて、男茎を更に強めに刺激する。脈動で震えた亀頭の先端からは透明の液が飛んで、膝を付いている床に落ちた。これくらいの体液が身に飛んでくるのは、この店で働いていればもう何でもなかった。寸止めを繰り返しているせいで、男茎はもうギリギリの筈だ。
「でも今日は時間、もう無いんだ」
しかし男は握っている風俗嬢の手を解き、「また今度来るから」
「……えぇ〜、絶対ですよぉ?」
風俗嬢は本心から残念そうな顔で、立ち上がってズボンを履く男の首筋あたりにチュッとキスをして、
「次、指名してくれたら、もっとサービスしますから」
正規のサービス以上のことを耳元で小声で匂わせた。
「いや、うん。そうする。ありがとう、今日は」
しかし男はその言葉にも大きな反応を見せず、風俗嬢を置いて部屋を出た。出口のところで、テレビを見ていたヤクザ風の男が一瞥し、「どーも。またよろしくおねがいします」と言ってすぐ、テレビ画面へ視線を戻した。
マンションを出たところで、男はポケットからスマホをもう一度取り出し、画面を見た。フリーメールのログイン画面には、新着メッセージのアイコンが光っていた。
このアドレスは一人しか知らない。メールを送ってくる者は一人しかいないのだ──
「……親の遺産が手に入って、それを元手に株で当てて億単位の金を手に入れたそうですよ。以来、ずっと働きもしないでこんなことしてたらしいですね」
一緒に来た若い警官はドアのところで管理人から預かった鍵を差し込みながら言った。
「まー、そんだけ金があるのに、こんなボロアパートで……、……ううっ!」
ドアを開けた瞬間、若い警官は顔をしかめた。
「うわ、くせぇっ……! 村本さん、平気なんすか?」