1.過去は消えない-9
「……じゃ、エッチしようぜ。マキちゃんの見ている前でさ」
「はぁ? 余計にヤだっつーの」
「5万出してやろうか? ……なんだよ、何だかんだいって余裕で10万超えるって、高級ソープかよっての」
自分で提示しておいて、一人で苦笑している。
「それマジで言ってんの?」
梨乃が考えていた。
まさか。
いくらなんでも、この男と? 金のためとはいえ、こんな最底辺の男と性交をする……。態々こんな男としなくたっていい筈だ。
「……そんかわり、じっとしててよ? 動いたら殺すからね?」
「ああ。エッチしてるとこマキちゃんみたいな子に見られるなんて、すっげーゾクゾクするぜぇ」
「ちょ、ちょっとやめて! 私そんなの見ないっ!」
悠花は思わず大きな声を出していた。
「そんなこと言っても、リカはもうヤル気マンマンのようだぜ?」
これまでは悠花に向かって小声で謝ったり手を合わせたりしていたのに、梨乃は立ち上がるとスカートに手を入れておもむろに安っぽいショーツを膝まで下ろし、ローファーを脱いで片足だけ抜き取った。悠花と目を合わせるのを意図的に避けているようだった。
いくら相手が醜悪な男とはいえ、男の興味は絶えず悠花に向いていた。自分は単に男の陰部を刺激する道具だといわんばかりに、同じ歳の悠花の前で金のためにセックスをする。この事実は梨乃の自尊心を深く傷つけていた。
「ほら、ちょっと足閉じてよ」
悠花と目は合わせたくないが、かといって男と間近に向かい合わせになるのは嫌だ。梨乃は男に背中を向け、手淫と悠花の視線に晒されて勃起した男茎に向かって、ゆっくり腰を落としていった。「ホント、マジで体触ったりとかしたら殺すからね?」
避妊は? そして梨乃の体は男茎を受け入れることができる状態になっているのか?
悠花はスカートの中に汚らしい勃起を自ら迎えていく梨乃の姿を見て、急に嘔吐感を催してきた。金のためにこんな醜悪な男とセックスをする──この部屋に一緒にいる、ということは、そんな恥知らずな行為を容認するということだ。そんな思いに突き動かされて、気がつけば悠花は男にも梨乃にも何も言わずカラオケボックスを飛び出していた。