1.過去は消えない-3
改めて受け取った制服を見てみると、悠花たちの間でも制服が可愛いと評判の、名門女子高の制服だった。確かに梨乃の言う通り、長身サイズに合わせてあるようだ。怪訝に思いつつも、梨乃の言う通り着替え始めると、
「……あ、それとさー……」ブラジャー姿のまま、白紙の名札を見せられた。「これに名前書いて。あ、当たり前だけど、本当の名前書いたらダメだよ? ここでは口でも言っちゃダメ。……ウチの本当の名前もね? ここではリカ、だからさ」
「うん……、えっと、何て名前にしたらいい?」
「テキトーでいいよ、テキトーで。全然違う名前にしたほうがいいんじゃん? まあ、それだと呼ばれても即反応できないこともあるけどさ。……何ならウチが書こっか?」
「うん、お願い」
悠花が着替える間に、先に着替え終わった梨乃が名札へ書き込む。
「ほい、マキちゃんっ」
半笑いで手渡した名札には、ハートで囲んで「マキ」と書かれていた。ジャケットの横ポケットに挟むように付け、梨乃が導く部屋に入ると、そこはカーペット敷きの大部屋だった。既に六人の女子高生が、テレビを見たり漫画を読んだりしている。奇妙なのは片側の壁にありえないほど大きな鏡が取り付けられているということだ。先に入っていた女子高生の一人がこちらを一瞥し、特に悠花の姿を見て、露骨に嫌がるような顔を向けた後、読んでいた雑誌に目を落とした。
「ジュースは飲み放題だし、マンガとかも自由に読んでいいんだよ?」
と、梨乃は既になみなみと注いだ紙コップを持ち、ストローをかじって地べたに座り込んだ。
「うん……、私はどうしたらいいの?」
「ここで、マンガ読んで、ジュース飲んでたらそのうち……」
と言うや否や、さっきの男がカーテンの間から顔だけ出して、
「えっと、その、あー……」
男は悠花の方を指差し、名札を見ようとしているが遠くからでは名前が見えないらしい。
「マキ、だよ。マキ」
梨乃が教えてやる。
「あー、マキちゃんに。リクエスト入ったよ」
「……ウチらニコイチだってちゃんと言ってくれた?」
「言ったよ。言って、まずは1セット、1本でリクエスト入れてきてんだけど、どうすんの?」
「どんな奴?」
「リーマンだよ。モロ、リーマン」
「あ、そ。じゃ、相手してやっか」悠花の方を振り返り、「んじゃ、行こ」
男と梨乃の会話の意味が全く分からないまま、ジュースを飲むことも座ることもできずに、梨乃に連れられて入ってきたほうとは逆のドアから外に出た。
出てすぐのところで、スーツ姿の三十代と思しき男が対面テーブルに座っていた。悠花の方を見て、思わず薄笑みを漏らしてしまいそうになったのを慌てて消していた。
「えっと、ウチらニコイチなんだけど、聞いてるよね?」男が何か言う前に、その前の椅子に逆向きに、背もたれに肘をつく形で座った梨乃が話しかける。「んで、どこ行くの?」
「あ、うん。聞いているよぉ。そ、そ、そうだねぇ……」
立ったままの悠花は、気持ちわる、と明らかに女に慣れていない口調の男に、即座に嫌悪感を覚えていた。梨乃も同感の筈だが、それを表に出さず男と話している。
「大通り出たところのお店、とかどうかな?」
男は最寄りのファーストフード店を口にした。
「ちょ、ウチらが相手してあげるのに、そんなところとか無くない?」
女子高生といえばファーストフード、という安直な考え。明らかな遊び慣れていなさが伺い知れる。