そうだ ごはん買いに行こう。-9
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「ん……」
目が覚めると、ラクシュは一人でベッドに寝ていた。
ちゃんと寝巻きを着ているし、アーウェンが台所で料理をしているらしい音がする。
あれは夢だったのかなぁと、ベッドに座り込んだまま、しばらくぼんやりした頭で考える。
しかし、あれほど重かった身体は、嘘のように軽い。
壁の時計は昼前を指していて、そっとカーテンの隙間から外を覗くと、空はうす曇だった。
スリッパを履き、寝巻きのまま台所に行った。
「あ、ラクシュさん、おはようございます」
アーウェンはやっぱり台所にいて、いつものようにキラキラ笑顔を向けられる。その首筋には、しっかりと二つの牙痕が残っており、ラクシュは目を見開いた。
「アーウェ……」
「すいません。ちょっと寝坊しちゃって、朝ごはんがまだ出来てないんです」
「あ、あの……でも……」
うろたえていると、大きな手が伸びて、ラクシュの雪色の前髪をかきあげた。
「良かった……ラクシュさん、すごく顔色が良くなってますよ」
「アーウェン……きみ……変……」
「え!?」
キルラクルシュに血を吸われた吸血鬼たちは、最低でも3日。長くて一週間は寝込んでいた。
それをなんとか伝えると、人狼青年は頭をかいて笑う。
「ああ、人狼はすごく体力があるから、それで大丈夫なんじゃないですか?」
「……ん」
どうしようか迷ったが、結局は頷いた。
確かに吸血鬼は弱点も多いし、体力も魔物の中で最もひ弱といっても良い。そのせいか、非常に臆病で神経質な者が多いのだ。
「…………アーウェン……」
エプロンの裾を掴んで、呟いた。
「なんですか?」
見上げると、向けられた笑みは、やっぱりキラキラ眩しくて、大好きなのに直視するのはちょっと辛い。
抱きついて、長身の胸元に顔を埋めると、アーウェンがビクリと震えた。
「ん?」
少し顔を上げると、アーウェンの顔は真っ赤になっていて、口元がわなわなしている。
「だめ?」
「ら、ラクシュさん……ああ、もうっ!!」
悲鳴のように叫ばれ、唇を貪られる。
―― ようやくアーウェンが我に返った時には、朝ごはん用に焼いていたマッシュルームとトマトが、黒焦げになっていた。
終
「ラクシュさん! 朝ごはん焦げちゃったから、俺の血を飲みますか!?」
「……いらない」