そうだ ごはん買いに行こう。-5
『欲しい……ちょうだい……』
我慢できずに囁くと、青年吸血鬼は頷いた。
思えば、キルラクルシュの足りない言葉は、「人間の血を吸いたい」と解釈されたのだろう。
青年吸血鬼の首筋に噛み付き、思い切り血を啜った。すごく美味しかった。
しかし同族に噛まれた青年は、驚いて叫び声をあげた。
家人が駆けつける気配がし、キルラクルシュはぐったりとした同族を抱え、とっさに窓から飛び出した。
信じられないほど、魔力がみなぎっていた。
街中の警備兵たちも軽々と避け、そのまま森奥の故郷に逃げ帰った。
青年は城でようやく意識を取り戻し、怒り狂ってキルラクルシュを責めた。青年は同族の皆にも、彼女のしたことをブチまけ、狂った危険な吸血鬼は殺せと、他の者も同意した。
ーー幸か不幸かその時、人間たちが攻め込んできたのだ。
前々からこの周辺の人々は、人間を犯し生き血をすする吸血鬼を憎んでいた。
吸血鬼は弱点が多く弱い魔物と言っても、人間よりは強い。魔力を駆使し、森の木や石を操り戦える。
過去に何度かあった襲撃は、いつもなんとか撃退できていたのだ。
だが、今回の人間達は非常に数が多く、強力な武装をしていた。国の王が、ついに本格的な討伐に乗り出したのだ。
キルラクルシュは、吸血鬼を守って精一杯戦った。
危険視されたのは、自分の言葉が足りなかったせいだし、自分はまぎれもなく、ここの泉から生まれた吸血鬼の一族だ。
討伐隊は強かったが、キルラクルシュは殆ど一人でそれを撃退した。仲間から飲んだ血の魔力が、彼女に力を与えていた。
吸血鬼たちは戸惑ったが、自分たちを救ってくれたのは確かだと、認めてくれた。
そして人間の血を飲めない彼女に、自分たちの血を飲ませてくれるようにさえなった。思わぬ反撃に脅威を抱いた王国の軍が、繰り返し攻め込んでくるようになったからだ。
キルラクルシュは、そのたびに一生懸命に戦った。
人間の返り血が口に入らないように、黒鉄の仮面で顔を覆い、何万もの兵士を相手取った。
闇色の長い髪を翻す、鬼神のごとき女吸血鬼の悪名は、いつしか遠い国々までも広がるようになっていた。
他の国の人間までも、吸血鬼の討伐に手を貸すようになり、何度も何度も戦った。
百年以上も、戦った。
吸血鬼たちは、キルラクルシュを褒めてくれた。
人間と戦って魔力を使い果たすと、すぐに自分たちの血を飲ませてくれた。
そしてついに、人間のほうから講和条約を申し込んできた。供物と生贄の人間を毎年差し出す変わりに、この国では人間を襲わないでくれと言われ、吸血鬼たちは大喜びした。
キルラクルシュも嬉しかった。
人間を殺すのはうんざりしていたし、戦いはいつも辛くて怖かったから。