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『誤算』
【歴史 その他小説】

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3:五月十八日、戌の刻-1

3:五月十八日、戌の刻
 夜になり、昼間の暑さがようやく和らいだころ。
 大高城の周辺では、丸根砦の将・佐久間盛重が予想した通り、今川勢が数を頼んで大高城へ兵糧入れを開始した。道の北側に松明を掲げた兵を並べ、そのうしろを輜重隊がゆるゆると進む。
 夜闇に紛れて襲撃すれば多少の被害を与えられるだろうが、そのあとが続かない。
(やはり、こうなるわなあ……)
 切れ目なく続く松明の灯りを眼下に見下ろし、盛重は唇を噛む。
 あの灯と同じ数の兵が、いや、おそらく倍以上の兵が、明朝にはこの砦へ攻め寄せてくる――そう思うと胃の腑がシクシク痛むのだが、もはやどうしようもない。
 唯一の望みは、明朝、陽が昇るころまでに戦闘が始まり、まだ潮の満ちていない黒末川を押し渡って織田方の大軍が駆けつけてくれることだが――。
(……まあ、無理じゃろうな)
 沓掛城に居座った義元本軍が動いていないのなら、織田方はやはり、待ちに徹するしかないだろう――。
      *  *  *
 同じころ、大高から四里ほど離れた清州城では、若き頭領・織田信長を囲んで軍議が行われていた。
 が、沓掛城に入った義元本軍が動いていないのではどうしようもない。
 今川方から見た場合、大高城と鳴海城のどちらが重要かといえば、考えるまでもなく鳴海城だからだ。
 間に黒末川がある関係で、大高城を確保しても鳴海城には届かないが、鳴海城を確保すればその先に在る大高城は自動的に安泰になる。ゆえに、どれほど大高側で動きが活発になっていようと、沓掛にいる義元が先に鳴海側へ攻めてくる可能性はあり続ける。
 かといって、織田方が先に沓掛へ打って出ることも難しい。
 沓掛城へと続く鎌倉街道は善照寺砦の傍を通っており、黒末川対岸から丸見えである。織田軍が東へ向かったことが分かれば、今川方は安心して鳴海側へ攻めてくるだろう。
 今川方の意図がどこにあるにしろ、織田方は結局、待つしかないのだ。丸根砦と鷲津砦はどうしても、見捨てねばならぬ――。
 重々しい空気が立ち籠めた広間に、
「案ずるでにゃあ!」
 信長の甲高い声が響いた。
「義元が自ら出て来てくりゃっせるのだから、ありがたゃあことだがや。三河へ引っ込む前に討ってしまえばええ」
「それはそうでしょうが、なにか策がありゃあすか?」
「そんなものはにゃあ。近づいてきたら討つ、それだけじゃ!」
 あまりに軽々しく言う信長に、柴田勝家や林秀貞などは鼻白んだが、かといって自分たちにも策はない。迂闊に動けば鳴海と大高をふたつとも確保されてしまうという状況なのだから待つしかないし、義元が動いたとしても、こちらにできることはそれに合わせて動き、近づいたら討つ――と、結局信長の言う通りのことしかできそうにないのだ。
「こんなところで湿気た顔して酒を呑んでいてもしゃあないわ。戦は明日じゃ! 各々方、早う返って支度しや。法螺の音を聞いたら旭出へ集合、遅れるでにゃあよ!」
 そんなこんなで、その日の軍議は早々にお開きとなった。


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