オーディン第二話『コート』-2
ザバーン、大きな波のような音と共に、ビルのガラスが一斉に割れ、夜空に飛び散った。
ガラスの飛び散る中、二つの影もビルから落ちていく。羊の顔をしたのと、黒いコートを着た人物だった。
首を掴まれたコートの男は剣をしっかり握っている、その剣先は羊の喉元を貫いていた。
「じゃあ…なっ」
男が剣を横にながした。羊は二つの個体になった、力のなくなった腕は彼を解放する。男は指笛をならし、手をひろげた、そして落ちていく。
階段のかげで機会をうかがっていた男がいた。その男は上の階から“天使”がいなくなった事をさとり、戻ってきた。ガラス張りだった壁は全て割れていたが、破片は廊下に一つも落ちていなかった。
「これは……このぶんだと、二人ともここにはいまい」
コートの男は廊下の一番奥にある大きな部屋に再び入った。しばらく机の中をあさると男の顔が笑った。
「私は実に要領が良い」
大きな扉を開きその部屋をあとにする、その手には書類の入った大きな封筒があった。
カチャッ
突然男の後頭部に、固い何かが押し当てられた。
「その書類、渡してもらおうか」
聞き覚えのある声だった。男は黙って、手に持っている封筒を後ろからのびる手に渡した。
「ふんっ」
そして蹴った。男は自分に押し当てられていた銃をかかとで蹴り落とし、そのままそこにいた人物のあごを蹴り上げた、はずだった。
高く上げた足は、相手の頬の前で掴まれ、止まっていた。
「いい蹴りだ、だが、相手が悪い」
フードの下の顔が笑った。掴まれていた足が離されると同時に、相手の足が飛んできた。骨がミシミシと音をたて、男は吹き飛んだ。
壁に衝突し、ようやく男は顔を上げる。
「ゲホッ…俺が悪かった、それはお前にやる」
「当然だ」
倒れている男を見下すように、もう一人が言う。
「お前にはかなわんな…ファウスト」
「俺に勝ちたきゃ腕をあげるんだな…ロキ」
ファウストは倒れたロキに背をむけ、ビルを飛び下りた。ロキはその光景に驚く事なく、階段を静かに下り、暗闇に消えた。
「…X-10399、済み、か」
封筒の中の書類にはそう書いてあった。ファウストは一度深い息を吐くと、スレイプニル(バイク)のハンドルを握り、書類をしまって走り去っていった。
半日前…
ウェスタン風の格好をしたファウストが帽子を深く被り、バイクにまたがったまま、一人の少年と話をしていた。少年はこの街の事をいろいろ教えてくれた。
十年前に起きた大災害により世界のほとんどが荒れ果て、この街も例外でないこと。五年前に突然やってきた“お医者さん”たちが、食料を配給してくれるようになったこと。“お医者さん”に選ばれた人は大災害を逃れたオアシスに行けること。そして、先日彼が“お医者さん”に選ばれたこと。
とても嬉しそうに話してくれた。
「ぼうず、ありがとうな」
ファウストは少年の頭をわさわさとなでると、ハンドルを握り、ゆっくりと街の中を走っていく。
少年の胸には“X-10399”と彫られたプレートが付いていた。
「なるほど、これが“お医者さん”のお家、ね」
そこにあったのは、街を埋めつくしているボロボロのビルとは違い、とても綺麗で大きな建物だった。
ガラスの扉に近づくと、自動でそれは開いた。中に入ると、騒がしかった。入り口付近まで長い列ができていて、並んでいる人は皆、胸のあたりにプレートを付けている。
「おい、アンタまさか、横入りするつもりかい」
男が怒鳴った。するとそこにいた人々の視線が、一気にファウストへむけられた。