とある日常【悠久の王・キュリオ】編 アオイの初めてX-1
すると、それまで背を向けて話し込んでいた女神のひとりが不機嫌さを含んだ声でこちらを振り返った。
「・・・はぁ!?あんた誰に口聞いてると思ってるのよっ!!!こんなボロボロな花!!!」
女は手にしていた扇子を高くかかげると、勢いよくアオイの手元を叩(はた)いた。バシンッ!!と音が響いてアオイの手からキュリオの薔薇が弧を描いて宙を舞う・・・
「・・・っ」
地面に落ちた薔薇を拾おうとしたアオイの小さな手と、踏みつぶそうとした女の足が・・・ひとつの目的地に着地した。
「・・・っ!!」
真っ白なアオイの手の甲には女のヒールが深く食い込み、みるみるうちに内出血を起こしたように色が変わっていく。あまりの痛みにアオイは声をあげそうになったが、手のひらに感じる柔らかな花びらの感触がアオイを慰めているように感じ・・・涙がでそうになる。
「ちょ・・・っ!!この子何やってるのよ!!
悪いのは私のヒールの下に手をおいたこの子なんですからね!!!」
あまりにも横暴な発言に取り巻きのひとりの男が声をかけてきた。
「いい加減になさいませ!!仮にも女神と呼ばれる貴女がたが・・・っ!!」
気遣うようにアオイに駆け寄ってきた男は膝を折り優しく手を差し伸べてくれる。
「・・・お嬢さん大丈夫かい?」
アオイが力なく顔をあげると、男は驚いたように目を見張った。
「え?・・・貴方様は・・・キュリオ様の・・・」
男が言い終える前にアオイは立ちあがり慌てて頭を下げた。
「助けてくれてありがとう・・・ございました」
「お、お待ちください・・・っ!!」
弾かれたように声をあげる男の声を背に聞きながらそのままアオイは走りだし、人の波を潜り抜け城門を飛び出した。
地に足をつけるたびズキズキと痛む手の甲に涙を滲ませながら、森の中へと走っていく。
その時、
「ったく・・・キュリオは何やってんだよ」
低音のため息まじりの声が城門近くの木の上で独り言かのように呟かれ、
声の主が軽く枝を蹴ると、アオイが走っていった森の方向へと足を向けた・・・。
「はぁはぁ・・・」
息を切らせながらいつも遊んでいる小川の傍までくると、アオイは力なくへたり込んだ。傷だらけになった薔薇に少しでも元気になって欲しくて川の水に切り口を差し込んでみる。
血のにじむ手の甲に水が染みて痛みに顔を歪めながら・・・。
「う・・・っく・・・っ」
ぐったりとした花に悲しみが押し寄せて、また涙が溢れだす。
「・・・・」
そんなアオイの様子を追いかけてきた黒髪の青年が遠くから見つめている。
そしてしばらく見つめたあと静かに彼女の後ろに立った。
「アオイ」
「・・・っ!」
いきなり自分の名を呼ばれアオイは弾かれたように後ろを振り返った。
驚きのあまりに目は真ん丸に見開かれている。
「・・・?お兄さんだれ・・・?」
一瞬、城の者が連れ戻しにきたのかと身構えたアオイだが、
見慣れぬ青年の姿に首を傾げた。
「ん?俺か?
あー・・・お前の父親の知人ってところだな」
男の歯切れの悪い物言いに、アオイのリアクションは薄い。
「お父様の・・・」
川の水から手を引きぬいてアオイは汚れたワンピースの裾をはたいた。
すると傷ついた手の甲に激痛が走り顔を歪める。
挨拶をしようと頭を下げると、男の苦笑する声が頭上から降ってきた。
「さっきの見てたぜ、手痛いんだろ?」
青年は視線を合わせるように膝をつき、アオイのかわりに服の汚れを落としはじめた。
「・・・・」
逆らわずされるがままになっているアオイは視線をあげようとしなかった。
「どうしてあんなところに一人でいたんだ?
父親の祝いならお前も一緒にいなくてよかったのか?」
「お兄さんは・・・私を連れ戻しに来られたのですか?」
上目使いで顔を覗きこんでくるアオイ。
その瞳は涙で濡れて赤く、不安げに揺れている。
「・・・帰りたくないのか?」
先程とはうって変わって青年の瞳が真剣さを含み、鋭く細められた。
「?」
(お兄さんの瞳・・・一瞬赤く見えた・・・とても綺麗な色の・・・)
「あの・・・お兄さん・・・」
どう答えたらよいかわからずアオイは言いよどんでいる。
帰りたくない、と言ってしまうと何か危険が潜んでいるような気がしたからだ。
すると、青年の顔がふっと優しくなり・・・
「冗談だ、本気にするな」
くしゃっと指で髪をからめられ頭をなでられる。
恥ずかしさに男の顔を盗み見すると、悠久でも類を見ないほどのとても綺麗な男だった。
(なんだかお父様とどこか似ているような・・・なんだろうこの感じ)
アオイはこの時まだ知らなかった。
彼こそが【ヴァンパイアの王・ティーダ】だということに・・・