「夏花が与えた希望」-1
鈴木夏花は、初夏に咲く花のように華やかな女の子になって欲しいとの願いで、両親からその名前を命名された。
両親の期待通りに夏花は華やかなイメージで美しく育ち、東日本大震災のボランティアを経験してから、人助けの仕事をしたいと看護師を志した。
夏花は20歳で看護学校を卒業、国立東宮大学病院の看護師として、日々忙しい毎日を送っていた。
ある日、夏花は精神科部長に呼ばれ、翌日より精神科病棟担当を命じられた。
夏花は健気な考えで、こう思っていた。
「これで、傷ついた人々の治療にも協力出来るんだ・・・」
その翌日、夏花は精神科病棟のスタッフの前で、着任の挨拶をしていた。
「循環器科病棟より転任になった、鈴木夏花です。傷ついた人々の心のケアをしたいと思います。よろしくお願いします!」
ナースステーション内で拍手が沸き起こる。
「あー、鈴木さん、ちょっと一緒に来て欲しいんだが」
和田誠精神科部長が、おもむろに口を開いた。
「はい、一緒に行きます」
夏花と和田は、閉鎖病棟へと続く長い廊下を歩いた。
5分ほど歩いて着いた先は、閉鎖病棟の中でも特に監視が厳しい、特別観察室。刑務所の独房のように、鍵のついた鉄格子で覆われている空間。
精神病者で、特別に監視を必要とされる者が、入れられる場所だった。
「鈴木君、君に精神科病棟に入ってもらったのは、彼のケアをしてもらいたかったからなんだ」
和田の目線は、特別観察室第7番の患者の方に向いていた。
「今川浩太君、18歳。彼は、15歳で発病し、入院以来ずっと特別観察室にいる。浩太君はずっと心を閉ざし、未だに特別観察室か出られずにいる」
和田は、特別観察室の中の浩太に、声をかけた。
「おい、浩太君、君の話を聞いてくれる人が見つかったよ。鈴木夏花さん、ステキな女性だろう。鈴木さんと少しはお話してみなよ」
夏花も、特別観察室の鉄格子に手をかけて、浩太に話しかけていた。
「おはよ、浩太君。今日から精神科病棟への勤務となった、鈴木夏花です。浩太君、仲良くしようね」
「鈴木君、後は君に任せる。僕はこれから回診があるもんでね。一旦失礼するよ」
和田は長い廊下を、ナースステーションの方向に向かって戻って行った。
夏花は特別観察室第7号の鉄格子の錠を外すと、浩太の手をそっと握りしめた。
「ねぇ、浩太君、私、浩太君の味方だから!安心して」
浩太は久方ぶりに味わう女の温もりに触れて、男の本能がムクムクと顔をもたげていた。
「ねぇ、夏花さん、アソコ見せてよ」
「え!?」
「俺、両親の顔、知らねえんだ。娼婦の母親と、客との間に出来た息子らしい。母親はそのうちにシャブのやり過ぎて死んだってよ。父親も、どこの誰だが知らねえ。気がついたら特別観察室よ。俺も先は長くねえらしいが、せめて女のアソコ見てから死にてえんだ」
夏花は、思わず浩太の右手を、優しく両手で握りしめていた。