操る男-1
キャバクラ「エンヘル」、男と女の駆け引きを楽しむ場所だ
僕は調理場を担当している。
ここはフルーツ盛りに5000円も取るけど、
オーナーが「キャストにおあずけくらった客のために食べられる物は良い物を使え」との言葉で、
仕入れ値の高い果物を使っている。
そのおかげなのか、この地域では一番の人気店だと店長が言っていた
「おい、幹夫 フル盛り来たよ」
「了解、今日多いですね」
調理場には先輩の篠原さんと二人だけだ。
食材を取りに箱を開けると何も入っていなかった
「篠原さん、パイナップルが無くなったんですけど、どうします?」
「あ〜そうか、明日くるんだよな、しょうがないから梨でいいだろ」
「梨ですね、何切りにします?」
「スティックでいいよ、固い所は捨てろよ」
「分かりました」
豪華な器に盛り付けて作り、先輩に見てもらう。
「うん、いいよ」
それをボーイに渡し次の伝票を取った
「え〜っと おしんこね」
冷蔵庫からタッパーを拾い上げる。
食事目的の客などいないのに、それなりに仕事が止まらない。
先輩と二人で、いつものように依頼をこなしていた。
お新香を皿に並べ揃えてからカウンターに行くと、
異様な雰囲気を感じた。
何か静かだ。
先輩は、鍋の前で鶏肉を見て動かない。
湯通しするだけなのに鶏肉が茹で上がっている。
「篠原さん、それ茹で上がっていますよ」
と言っても先輩は何も反応しない。
「聞いてます?」
顔を覗いたら無表情で鍋を見ていた、
「……篠原さん」
まるで意識がないみたいだ。
手を伸ばし、火を止め、鍋を取り除いても、鍋のあった場所を見ている
「これは……もしかして」
この感覚、この目、僕には覚えがある。
「命令チップ……なのか」
恐る恐る厨房から顔を出し店内を覗いた
BGMは鳴っているけど、
キャストやボーイ、お客まで皆止まっている。
僕はエプロンで手を拭きながら店内に入った。
目の前のソファーには嬉しそうなお客と笑顔のキャストが時間を止めたように動いていない、
サポートの娘が持ったブランデーボトルからは、呼吸するたびにお酒が数滴グラスに落ちていた。
ボーイも歩みを止めグラスをお盆に乗せて止まっている。
レジでは客が財布を広げ、後ろに立つキャストは中身を覗いていた。
全員止まっている。
「やっぱり命令チップのせいだ、でも誰が?」
周りを見回すと、奥の席で動いている人がいた。
黒い服でリュックサックを背負っている、男のようだ。
男は隣の席に行き、キャストを多く抱えた怖い顔した客のカバンを拾い上げ
中にある財布からお金を取り、自分のリュックに押し込んだ。
(盗んでいる! その客はヤバイのに、店長殺されるよ)
とは思ったけど、命令チップ使ってる奴を相手にしない方がいい。
見つからないように伏せて調理場のドアを見る、かなり遠くにある。
(こんなに歩くんじゃなかった)
慎重に行動しなかった事に反省しながら、席の間を駆け抜けた。