御前試合-1
藩主筑島候の御前にて剣術指南役を決める選抜試合が始まった。
多田監物の所に血気盛んな若侍がやって来た。名を佐々木小鉄という。
「多田監物殿、拙者は黒田玄武と最初に試合することになりました。
あのふざけた回状を書いた男は拙者が打ちのめしてくれます。
ですから琴音殿を是非頂きたい。」
監物は笑って応じた。
「貴殿は確か実戦剣法で知られる氷川自現流の佐々木殿、応援しておりますぞ」
「ですから是非琴音殿を」
「それは貴殿の実力次第でござる。是非己が腕で勝ち取って頂きたい」
こういう手合いには美形の娘を持つ監物はよく出会う。またその処し方にも馴れているといえよう。
監物は参加者名簿を見た。実は応募者が多かった為前日予選を行っていた。
そして今日の御前試合は16人に絞られているのだが、その流派を見て驚いた。
春日一刀流を名乗る者が黒田玄武を含め9人もいるのだ。まさに半数強になる。
試合は全てで15試合になるが、最初の8試合のうち1番目と8番目は両者とも一刀流。
一刀流がいないのは5番目だけで、後はすべて一刀流が入っていた。
試合が始まってから、ふらっと現れた老人がいた。だが深編み笠を被っている為顔はわからない。
「しばらくですな監物殿」
「ああ、見えられたか。今第1試合が終わったところです」
「一刀流同士ですな」
「朝倉という者が栗山某に勝ったが、剣の型の演武を見ているようでつまらなかった」
「他流派を潰して玄武を勝ち残らせるためゆえ、それほど真剣になる必要はないのだろう」
第2試合が始まった。遠田伝斎という慈円流の遣い手が一刀流の金沢某を破った。
「遠田伝斎殿は有力候補とされていたのだ。黒田玄武が現れるまでは」
監物がそう呟くと、老人は頷いた。
「この後の伊東派槍術の松村権八郎殿もかなりの遣い手と聞く」
「後、期待が持てるのは第5試合の飯村国之介ですな。居合いの名手と聞く」
そうこう話しているうちに8番目まで試合が終わってしまった。
勝ち残った8名のうち一刀流は玄武を含めて5名、他流派は3名だけだった。
第9から第12試合でいわゆる4強を決めることになる。
が結果は慈円流の遠田伝斎が一刀流の朝倉を破って勝ち進んだ以外は残りの3人はすべて一刀流となった。
すなわち槍術の松村を破った矢島新兵衛、居合いの飯村を破った黒田玄武、同門の笹谷を破った佐藤半左衛門の3名である。
監物は不安そうに言った。
「次の第13試合で遠田伝斎殿が勝てば最終戦の体裁が整うのだが」
「ふむ、あの相手の矢島新兵衛という男、第4試合で相手の剣法を真似して幻惑させる手を使っておるな。
槍術の松村殿と対戦したときは槍と木刀は違えど鏡のように型を真似ておった。
玄武の弟子で『技写しの新兵衛』と言われる者がいると聞くが、あの矢島がそうなのであろう。
だとすると厄介なことになる」
果たして第13試合では遠田伝斎の構えを新兵衛は悉く真似た。そしてそれに伝斎が感覚的に麻痺してしまったときにいきなり一刀流の技で打ち込んだ。
「邪剣じゃな」
老人がそう呟いた。
「後の2試合はすべて内輪の馴れ合い試合じゃ。見るまでもなかろう。
審判役の月岡宗信殿は確か今までの指南役だとか。
後任の指南役選びに立ち会うのも程ほどにしたいところじゃのう」
次の第14試合もお約束通りの試合で玄武が残った。
最終試合が始まろうとしているが、琴音がまだ現れない。
監物は言った。
「これが終わったとき、玄武の方から筑島候に申し出ることになると思うが、果たして認められるかな。
御前試合はあくまで指南役を選ぶためのもの。春日一刀流の都合で行うものではない」
「認められなくても違う場所で必ず行うことになると思う。そしてその結果を広めて流派の力を誇示するのに利用する積りじゃ。なんとしてもそれを打ち砕かなくてはなあ、監物殿」
「さようでございます無角殿」
深編み笠の老人は佐野無角その人だった。
実は無角は多田家の逗留期間中、密かに監物とも交誼を深めていたらしいのだ。
すると最終試合が始まった。
無角は体を乗り出した。新兵衛の太刀筋を見て驚いたのだ。
「あれはわが無角流の『水流』ではないか。それを玄武は悉く避けている。まさか技写しの新兵衛はどこかで無角流を見て型を盗んできたのじゃな。」
無角の見ている目の前で『水流』も『破の剣』も新兵衛は使って見せた。それの繰り返しで玄武は軽くそれをいなして見せて、時々どきっとするような反撃をして見せた。
だがそこでは決定的に決めずに勝負を長引かせた。そしてやがて2人は動きが止まった。
「あの形は……」
無角は監物に言った。
「琴音が浅岡啓次郎と対戦した時の形と同じだ」
その通りに新兵衛はあのときの琴音と同じく太刀を右斜め後方下段に構え右前半身に構えていた。
そして玄武はあのときの啓次郎と同じく新兵衛の鳩尾3尺先に剣先を中段に構えている。
「つまり琴音の『水車』を破ってみせるということか」
新次郎が先に剣を更に後方に引いた途端玄武は前に突きを入れた。
「でやあぁぁぁぁ」「参った」
新兵衛は『水車』を半ばにして左脇腹を突き刺された。
「玄武は『野分』をしかけるときに鳩尾を狙わず、鳩尾よりも右を狙ったのだ。これでは突きを避けられない」
無角は辺りを見回した。
「琴音は来ておらぬのか。今の試合を知っておかねば大変なことになる。」