投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

人狼少女は本能のまま恋をする 
【ファンタジー 官能小説】

人狼少女は本能のまま恋をする の最初へ 人狼少女は本能のまま恋をする  8 人狼少女は本能のまま恋をする  10 人狼少女は本能のまま恋をする の最後へ

選択の権利-1

崩れかかった古い教会は、火事の焼け跡が生々しく残る、絵に描いたような廃虚だった。
 周囲の建物は、教会と一緒に焼けたらしい家々の廃虚ばかりで、市場の賑わいが嘘のような静けさだ。
 教会の庭や墓地には背の高い雑草が生い茂り、秋の虫がせわしなく鳴いている。二メートルほどの鉄柵門には錠が下りていたが、アンは鉄棒を掴んで苦もなく門を飛び越えた。
 草をかき分けて進み、朽ちた礼拝堂の入り口で振り向いた。

「来たわよ。一体、何の用?」

 沈む寸前の夕陽を背に、さきほどの人狼が立っていた。
 足音一つたてずにアンをつけていた男は、犬歯をむき出して嫌な笑みを浮かべている。

「来い」

 素早く伸びた手がアンの腕を掴み、否応なしに礼拝堂の中に引き込まれた。
 中は暗く、男の目がいっそう凶暴な金色に輝くのが目立った。

「混血の視力がどこまで劣化しているかしらんが、灯りが必要か?」

 男は嘲るように、先ほど買った魔法灯火を見せる。

「お気遣いどうも。私はハーフだけれど、この程度なら見えるわ。それにすぐ帰るんだから、どのみち必要ない」

 アンは男をひと睨みし、手首を振ろうとしたが、がっちりと食い込んだ指は離れない。

「単刀直入に言おう。俺の子を産め」

「……は?」

 思わず間の抜けた声で聞き返してしまったが、次の瞬間には、両腕を背中でねじり上げられ、壁へ顔を押し付けられていた。

「っく!?」

「呆れるほど動きも鈍い。いくら人狼の数が少なくなったからといって、劣等種なんぞの血が混ざると、これだからな……」

 怒りと嘲りの混ざったような声で、男が唸る。

「混血が悪いって言うの?」

 痛みに顔をしかめながら、アンは険悪に尋ねた。

「そうだ。俺はつがいにする雌を何年も探していたが、ようやく見つけても年を取りすぎているか、もうつがい持ちばかりでな。お前は混血だが、この程度なら我慢してやる」

 余りのセリフに絶句した。
 人狼はその強さからつい傲慢になり、他種を見下す悪癖があったと、確かに父は言っていた。

 でも、純血種のうえ族長の息子だった父は、こんなに酷い傲慢さなど持ち合わせてはいない。
 人狼という種に誇りを持ってはいても、他の種を……人間の母を見下したりしない。
 種は違っても、真剣に愛していたから『つがい』になってくれと頼んだと、照れくさそうに言っていた。
 そんな父だからこそ、普通の犬や狼があれだけ苦手な母が、父を受け入れたのだろう。

 首をねじって、男に言い返す。

「私にも、もう相手がいるのを知っているでしょ!? それに、もしいなくても、アンタなんか絶対に、つがいには選ばない!」

 鈍い音とともに、額に激痛が走った。
 殴られた衝撃に、アンの前髪を留めていたピンが弾け飛び、男の足元へ落ちる。

「自惚れるな。俺がつがいに求めるのは純血の雌に決まっている。お前は最悪の事態に備えて、念のために確保するだけだ。少しでも濃い人狼の血を残すためにな」


 そして、ふと思い出したように男は喉を鳴らして嘲笑った。

「どうせ妻の名目だけで、女扱いはされていないようじゃないか。お前からはまだ生娘の匂いがする」

「なっ! 余計なお世話……っ」

 痛い所を突かれ、声が裏返る。
 口端を歪めた男が、毒を吹き付けるように囁きかけた。

「あの赤毛は、お前の正体を知っているのか? 抱かれないのは、人狼と気づかれているからかもしれんぞ。臆病な人間は、俺たちを恐れるからな」

「ち、違う……チェスターは、知っているもの」

 思い切り怒鳴ったつもりだったのに、喉から漏れた声は頼りなく揺れていた。
 チェスターはアンが人狼ハーフだと恐れたり蔑んだことなど、一度もない。
 この先もずっと、そんな事をしないと、信じている。

 ――――でも、最後まで抱いてくれないのは事実だ。

 その理由が人狼だからなんて考えたこともなかったのに、海綿に毒液が滲みこむように、男の言葉はアンの心を蝕む。

「フン、それならなぜ抱かないんだ? なんの利益があって、お前を手元に置いている」

「それは……」

「ほら、さっきまでの威勢はどうした?」

 壊れた窓の外では、すでに夜空に大きな満月が輝き始めていた。窓から差し込む月光を浴び、男が心地良さそうに喉を鳴らす。

「俺も今日は気分がいい。大人しくするなら、それなりに楽しませてやる」

 力なく俯いたアンが黙っているのを、勝手に了承と取ったらしい。
 満足気に笑った男は、床に落ちていた星型のピンに視線をやり、片足を軽くあげた。

「混血の分際で、幸運にも純血種に選ばれたんだ。人間のことなんぞ忘れろ」



人狼少女は本能のまま恋をする の最初へ 人狼少女は本能のまま恋をする  8 人狼少女は本能のまま恋をする  10 人狼少女は本能のまま恋をする の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前