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人狼少女は本能のまま恋をする 
【ファンタジー 官能小説】

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選択の権利-2


 星を象った銀のピンが、人狼の足下で嫌な音をたてて砕けた。乾いた金属音が、アンの耳奥へやけに大きく突き刺さる。

 ―― 目の前が、真っ赤に染まった。

 窓から差し込む月光はアンにも平等に降り注いでおり、ドクンと大きく心臓が跳ねた。
 髪が逆立ち、喉から人の叫びと獣の咆哮が混ざったような声があがる。
 男の鼻先に思い切り頭突きをし、呻いてのけぞった一瞬で身体を反転させ、鳩尾へ拳を叩き込む。
 吹き飛び壁に叩きつけられた男が、灰茶色の狼に変化するのと、アンが漆黒の狼に変化するのは同時だった。

 体中の血が苦しいほどたぎり、煮え立っている。
 牙を剥く雄狼の動きは、滑稽なほど遅く見えた。
 喉笛を噛み切ろうとする牙を楽々と避け、反対に背肉を大きく喰いちぎってやる。大きく背をえぐられた雄狼は、苦痛の咆哮を漏らす。
 アンは不愉快な血肉を床に吐き出し、たじろぐ相手に唸りをあげた。怒りにたぎる血が、正気に霞をかけていく。

 オゴルナ! ゼイジャクナ、オスノ、ブンザイデ! ツガイヲ、エラベルノハ……!!

「アン!!」

 不意に、礼拝堂の外から鋭い声が響いた。
 どこか見覚えのある赤毛の青年が、短剣を構えている。
 手負いの灰茶色の狼は、このままアンを相手にするよりは、人間を相手取った方が有利と見たのだろう。壊れた窓から飛び出し、退路を塞ぐ青年に飛び掛った。
 しかし、銀の刃が翻ると同時に、喉から鮮血を噴き上げたのは人狼のほうで、絶命した灰茶色の狼は草地に倒れて動かなくなる。
 赤毛青年へ、アンは唸り声をあげた。
 降り注ぐ月光は強烈で、心地良いのに苦しい。

コロセコロセコロセエモノエモノエモノコロセコロセコロセエモノエモノ!!!!!!

 全身の血肉が『全てを殺せ』と、繰り返し命じる。

 コロセコロセコロセエモノエモノエモノコロセコロセコロセエモノエモノ!!!!!!

 唸り声をあげるアンへ、青年はためらいなく進んだ。

「アン……発作を起しかけてるんだな。俺が解るか?」

 コロセコロセコロセエモノエモノエモノコロセコロセコロセエモノエモノ!!!!!!

 狂気のように鋭い満月の光が、激しい耳鳴りになって青年の声を遮ろうとする。
 お前は戦うために産まれた種なのだと。
 他の劣等な種を食い漁り、奪い取るのを許された種なのだと……それしかできないのだろうと、叫び続ける。

「う、ガ……」

 鋭い牙の生えた口をわずかに開き、身を低くする。
 しなやかで強靭な体躯はそれ自体が一つの強靭な武器だ。
 そして目の前の獲物に狙いを定め狩りとる動きも全て、本能が兼ね備えている。

 狩るものは強者であり、獲物は弱者。
 この世界では、それがただひとつ、絶対普遍の理だ。


 ……甲高い金属音がした。
 獲物であるべき青年が短剣を捨てた音だった。
 無様に必死に抗い、逃げなければいけないはずの獲物は、微笑みさえ浮かべ、日焼けした赤銅色の手を差し伸べる。

「ルーディ兄が……アンの父さんが言ってたぞ。つがいへ愛を申し込むのは男でも、選ぶ権利があるのは、いつでも女の方だってさ」

 獲物は焦げ茶色の陽気な目で、とても愛しそうに捕食者を見つめている。

「人間にも狼にもなれる、そのままのアンを愛してる。俺を選んでよ、可愛い花嫁さん」

 夜風の向きが変わり、青年の匂いを運んできた。
 凍えるような北の氷、豊かな緑陰の森、灼熱の砂漠、海辺の潮風……大陸中の香りが混ざったようなそれは、とても心地よい……思い出した。

 これは私の、一番好きな『つがい』の香りだ。



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