初夜の花嫁-4
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スペースの限られた幌馬車には寝台というものがなく、使うときだけ寝具を取りだして引く。
アンは亜麻布のシーツの上に座り込んだまま、所在なさげに視線を彷徨わせた。向いあわせにチェスターが胡坐をかいて座ると、ビクリと勝手に身体が跳ねてしまう。
外では隊商の仲間たちがまだ酒宴を開いているらしく、賑やかな声がしていた。チェスターからもお酒の匂いがするが、酔っている様子もなかった。
北国の人間は酒豪が多いのだが、彼も相当に強いらしく、酔い潰れたところは見たことがない。
「これから末永く宜しく。俺の花嫁さん」
そう言ったチェスターは、求婚する前と、何も変わらない気楽な調子だった。
「えっ、あ……よろしく、おねがいします……」
思わずつられて、アンもペコリとお辞儀をする。赤銅色の手がすいと伸びて、頬に触れた。
「っ!」
反射的に目を瞑り、肩をすくめてしまう。
子どもの頃から、シャルやロルフと散々に危険な冒険をやらかした。士官学校でも男子生徒相手に剣術や武術の稽古にあけくれる毎日だった。
男の人に触れられる程度で怖いはずもなく、ましてや大好きなチェスターに触れられているのだ。
もっと可愛らしく喜んで見せたいのに、硬く強張った身体は言う事を聞いてくれない。
あまりに憧れすぎていた期間が長かったせいか、何か失敗したらと思うと、怖くてたまらなくなる。
――いや、もうすでにこの状態が大失敗だろう。
瞑った目端には、涙まで滲んできた。
頬に触れていた手が離れ、ふわりと柔らかく抱きしめられる。
「嫌だったら、すぐにそう言っていいから」
耳元で囁かれた声は、今度は聞いた事もない低く甘いもので、ズクリと腰の奥に痺れが走った。
緊張がいっそう強くなり、目を瞑ったままコクコクと頷く。額や頬に軽く口づけられ、それが首筋に滑っていく。
背を支えられ、そっと寝具に寝かされた。
「ぅ……く……」
硬く眉根を寄せ、唇を噛み締めて必死に声を殺す。
どうしても目を開けられず、自分で作り出した暗闇の中で、夜着を脱がされるのがわかった。
柔らかくぬめった感触は、舌なのだろうか。胸の尖りを弄られ、思わず唇がほどけて声が跳ねた。目を閉じているだけでも足りず、両腕で熱い顔を覆い隠した。
息が荒くなり、体温があがっていく。夏の終りにさしかかった北国は、もう夜は涼しいほどなのに、滲んだ汗が肌を伝い流れていくのを感じる。
少し冷たいトロリとした液体が、脚の間に塗りこまれた。そこはもうとっくに、淫らに潤っていて体液と混ざり合い濡れ音を立てる。
ずっと両腕で顔を覆ったまま、暗闇の中で何度も快楽の火花が散る。
頭に血が昇りすぎて耳の奥がジンジン鳴り、しだいに何も考えられなくなり、気づいたら朝だった。
「え……?」
隣でチェスターが眠っていて、起こさないようにそっと起きたアンは、まだ少しぼんやりしたまま、自分の身体を探る。
夜着を着せ付けられ、肌は簡単に拭われたらしく、そうベトつきもなかった。
最初は痛んで出血すると聞いていたのに、恐々とシーツを探っても血痕は見えない。
ひょっとしたら、汗や体液で汚れたから交換したのかもしれないが……そもそも、昨夜は痛みすら感じなかった気もする。
覚えているのはただ……
ものすごく、気持ちよくされた。
……と、いうことだけだ。