それぞれの道1-23
シンと静まりかえった部屋は、食欲をそそりそうなお弁当の匂いと、あたし達の呼吸する音だけが存在感を出していた。
そして互いの心臓の鼓動が聞こえて来そうなほどの静寂を破ったのは、久留米さんの方だった。
「玲香……」
「ん?」
「俺が異動になって、お前に寂しい思いさせちまうのは申し訳ないって思ってる」
かしこまった口調に、あたしは思わず腕の力を緩めた。
ザッと衣擦れの音を立てて、あたしの腕はするんと落ちる。
「……うん」
「でも、お前にもちゃんとやるべき仕事はまだ残ってるんだし、コネで入ったんなら、なおさら任用期間を全うさせるのは筋だと思うんだ」
こんな時ですら出てくるクソ真面目な久留米節。
でも、話ぶりから真剣な様子が伝わってきたから、あたしはそっと居住まいを正した。
「でもさ、俺は多分3、4年はY市で働くことになるだろうし、そうなるとお前だけじゃない、俺だって離れ離れの状態が辛くなると思うんだ」
久留米さんはそう言うと、ゆっくりあたしに向き直った。
そこにあったのは相変わらず真っ赤な顔だったけど、いつものおどけた表情はそこにはなかった。
そして彼は一呼吸置いてから、おもむろに口を開いた。
「だからさ……、俺、お前が任用期間をちゃんと終えるの我慢してるから、……その、それが終わったら……俺のとこに来てほしいんだ」