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BLACK or WHITE?
【幼馴染 官能小説】

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−3−-2

不意に、切なげに瞳を曇らせた彼の微かな変化を、杏子は見逃さなかった。椎奈の本当は繊細な部分を知りもしないこの無神経な男が、杏子にはますます癇に障る。
「ほら、その反応はやっぱり何か噛んでるでしょ?言ってよ」
杏子はきりりと柳眉を吊り上げて、尋問口調で彼ににじり寄る。
「お前に関係ねぇだろ」
その迫力に別に気圧されるわけでもなく、孝太郎は淡々と答えた。
「あるよ。大事なお姉ちゃんだもん。…お姉ちゃんを傷付ける奴は許さない」
誰であろうと許さない。幼馴染の、この目の前の男とてそれは例外ではない。そう言い切った杏子の表情は、その発言が冗談だとは微塵も思わせる余地のない、真剣な顔だった。
孝太郎も、昔から彼女の強すぎる位の姉への思慕の情をわかっていた。しかし、幼い頃から自分の抱いていた恋慕の情が、彼女に劣るとは思っていない。つい、反撥するようにこんな悪態を吐いてしまう。
「相変わらず凄まじいシスコンっぷりだな」
身長185センチの彼は、身長152センチの彼女を意地悪く見下ろす。だが、そんな事に気後れするような彼女ではない。
「お姉ちゃんが大好きで何が悪いの?そっちこそ一人っ子で溺愛されて育った軟弱男のクセに」
杏子は臆することなくきつく彼を睨みつけ、きっぱりきっちりと悪態を倍以上にして返してくる。
「…ほんといい性格してんな」
少し呆れたようにそう呟いた。
彼もさすがに年下の、しかもこんなに愛らしい外見の女の子相手に、本気で激昂するような大人気のない行動は取りたくない。
たぶん、杏子のこんな一面は姉の椎奈ですら知らないのではないか。今となっては、2人きりで話す時は大体こんな調子なので慣れっこだが、彼も初めてこんな態度で接された時は、多少面食らった。どちらかといえば、先程教室まで彼を呼びに来た、猫を被っているような様子の彼女の方が今となっては鳥肌ものの違和感を覚えるほどだ。
「だって、今更孝ちゃんに愛想良くする必要ないもん。それよりも話、逸らさないでくれる?」
杏子は絶対に視線を外そうとしない。
何か、納得のいく回答を得なければ、絶対に引かないといった思いが、その強い視線から窺える。
―――もう、真相を告げるべき時が来たのかもしれない。何だかんだで杏子とも長い付き合いだ。遅かれ早かれ、彼の気持ちを曝さなければならない時はきた事だろう。それが、今訪れただけだ。
意を決したように、孝太郎は、1つ、大きく息を吐くと、
「……椎奈にキスした」
まるで何事もなかったかのように、短く、彼は低い声でそう告げた。
本当はそれ以上の事もしたが、さすがに自分から火に油を注ぐような愚かな真似はしない。
それを聞いた瞬間、ざわりと、杏子の全身に戦慄が走り抜ける。ついに、この男は私の大切な姉に手を出したのだ、と。
「…何で、それでお姉ちゃんが泣くのよ…?」
何とか込み上げる怒りを押し殺して、杏子はようやくそう答えた。
「さあな。よっぽど俺の事が嫌いなんじゃないか?」
壁に寄りかかり、軽く目を瞑ったまま、孝太郎はそう口にする。彼女の手前、しれっとそう嘯くが、彼の心中は当然穏やかではない。
しかし、そんな彼の態度は、ますます杏子の怒りを煽る。姉が、あんたの事が嫌いだなんて有り得ないのに…きっと、もっと酷い事をしたに決まっている。
勿論、彼女もそんな本心は相手に見せない。
「ふ〜ん、じゃあ孝ちゃんは残念ながら振られちゃったんだ。ありがと。もう用事は済んだからいいわ。いきなり呼び出してごめんね」
孝太郎を残したまま、踵を返して立ち去ろうとする杏子を、
「杏子」
別に声を張り上げているわけではないのに、熱のこもった声が背後から響く。
呼び止められて、彼女は不機嫌そうに振り向くと、
「俺は椎奈が好きだ。簡単には諦めないから」
強い、思いのこもった光をその瞳に宿して、孝太郎はそう告げた。
何年も前から心の奥底にしまいこんでいた感情の扉の鍵は、まだ開けたばかりなのだ。誰に何と言われようが、邪魔はさせない。
両者の視線がぶつかる。
「…あっそ。勝手にすれば」
杏子は素っ気無く返事をし、彼の宣戦布告を受け取った。
彼は、ついに自分から奪いにくるのだ。お互いがお互いを一番大切な存在だと思っていた、誰よりも大事な姉の一番の位置を。




「あ…」
杏子に解放された後、孝太郎は教室の前の廊下で、椎奈と擦れ違った。寝不足のようで、目の下にくっきりとクマをつけている彼女の表情は、いつもの精彩を欠いている。
「椎奈」
「…何だよ」
心なしか、覇気の無い声で彼女は返事をした。
孝太郎は咄嗟に彼女を呼び止めたものの、何と声を掛ければ良いかわからない。
「昨日は…」
「やめろ」
ぴしゃり、と跳ね付けるように椎奈は孝太郎の顔を睨みつける。
「あのさ…あたしは、お前とずっと仲良くしてたいんだ。大事な幼馴染だし、ぎくしゃくしたくない…。だから、もうあんな事は二度としないって約束しろ。そしたら、許す。全部、なかった事にするから……」
彼に反論する隙を与えず、そう言い捨てると、椎奈は去って行く。あんな事をされたのには当然腹が立っているが、今回だけは目を瞑る。これからはまた、何事もなかったように以前と同じように彼と接するつもりだった。
その拒絶を示した彼女の後ろ姿を、無言で孝太郎は見つめていた。
もう、今までと同じようになんて不可能だ。
「もう、無理なんだよ…」
椎奈の姿がかなり遠ざかってから、静かに呟いた。鈍感な彼女は気付く由もないだろうが、人気があるのは女子からだけではない。彼女を好いている男は意外と多いのだ。
誰にも、渡したくない。幼い頃から胸に息づいている、この思い。彼女の全てを、自分だけのものにしたくてたまらない。動き出した気持ちは、抑えられないのだから。
―――諦められない。黒か白か、どちらかの答えが出るまでは。


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