握手のあとのそれぞれ―センパイのその後-2
火曜は、示し合わせたわけでもないのに一緒に帰るようになった。
学校から少し歩いて、電車に乗って、こいつのバイトの時間まで近くの公園で時間をつぶす。
相変わらずこいつの話は唐突で脈絡がなくてブツ切りで、集中していないとついていけない。
そんな私に無頓着なこいつを蹴飛ばしてやりたくなるのは、やっぱり私のわがままだろうか。
「ねぇ、そういえば、タバコは？」
「お前タバコ嫌いじゃん」
「私じゃなくてあんたのこと。最近吸ってるの見ないような気がするんだけど」
「だから、お前がタバコ嫌いだから」
「え。私が嫌いなの知ってたっけ？」
「おぅ。だから火曜禁煙だ」
「……火曜だけなんだ」
期待が膨らんで上ずった私の言葉は、見事に撃沈した。火曜禁煙と聞いて、私のテンションはあきらかに下がる。
私の浮き沈みがおかしかったのか、撃沈させた本人は横でくすくす笑っている。
こいつが笑うなんて珍しい。にやにやすることはよくあるけど。
何だかやり込められているようで不満だけど、私と一緒に帰るときくらい禁煙してくれることはありがたく思うことにした。
「うそだよ」
まだ口の端に笑みを残しながら、こいつは私を見る。身長差のせいだろうけど、見下したようなその表情が小憎たらしい。
「何がうそ？火曜禁煙？」
少し口調がきつくなる。顔はそれ以上にきつくなってるかもと思うと嫌だけど、憎たらしいのだからしょうがない。
「うん。実はもう既に２ヶ月だ」
そう言って親指を立てる。
「……へー。ほんとに？すごいじゃん」
どうやらこれは本当らしく、私は素直に感心顔で親指を立てて答えた。
するとこいつは、もうこらえられないと言わんばかりに吹き出した。
こいつがこんなに大声で笑うのを初めて見た私はびっくりするしかない。
「なに？どうしたの」
訝る私を見て、いったん収まった笑いがまたこみ上げてきたらしい。明らかにこらえきれていない顔をしている。
「だって……おまえさー……顔変わりすぎだよ。表情がさ。顔の筋肉やらかいなぁ。俺それ無理だわ」
ひとしきり肩で息をして、今度は自分の頬を両手でぐりぐり回して感心している。
感心するほど変か、私の顔は。
かなりげんなりしながらも上手く言い返す言葉が見つからず、私はそのままこいつを睨む。
「おい、今度は目ぇ据わってんぞ。はぁー…、おまえといると飽きなくていいわ」
後半の言葉に、私は敏感に反応した。けれど、膨らむ期待を上手く隠すスキルを覚えた私。
「ふふふー。そんなに楽しい？」
いたずらっぽく、やり込められてるのに勝ち誇ったように。
「うん」
こっちが精一杯虚勢を張っているのに、こいつは素直に頷く。やっぱりこいつのリズムを崩せない。
「俺の友達もさー、けっこう面白いやつがいるんだけど、最近彼女とばっかいて、遊んでくれねーんだ」
……そう、やっぱり期待しなくて正解。私はいつも一緒にいる友達の代わりに適度にいじめられる相手なんだ。
「やっぱり無頓着」
ぼそりとつぶやく私に構いもせず、
「まぁいいんだけどさ。俺もおまえとお楽しみ中だし」
と、笑顔を向けてきた。
こういうとき、どうすればいいんだろう。
「そういうことは彼女ができてから言いなよね」
こいつ曰く「据わった目」を顔に作って、私は強がる。
「おぅ。じゃあ、お願いします」
そう言って右手を差し出してきた。
ねるとんかよ。
心の中で突っ込みながら、一方で鼓動が耳につくほど煩くなってきた。
「……本気？」
こういう性質の悪い嘘をつくやつじゃないことは分かっていても、確認してしまう。
「うん」
少しはにかんでいるその顔を見て、嘘じゃないと信じることにした。
右手を伸ばして目の前の手を握る。男っぽい節張った手は、握ってみると意外とふんわりしていた。
「けっこう好きかも」
私がそういうとこいつは、だろ？と笑い返してきた。