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握手のあとのそれぞれ―センパイのその後
【青春 恋愛小説】

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握手のあとのそれぞれ―センパイのその後-1

 なぜか、いまだに私から声をかけるのは少し緊張する。
 だからあいつを見つけても、あっちが私に気付いてくれるのを期待して、しばらく視線に念を込める。
 けれどあいつはいつも、何を考えているのか分からない背中を私に向けている。
 後ろ姿に視線を投げたところで、気付いてもらえないことくらい分かっている。
 それを少し恨めしく思う私はわがままだということも分かっている。
 分かっているから、次はちゃんと声をかける。
 念力を送っていたことなどおくびにも出さずに声をかける。

 「今帰り?」
 肩を叩いて、さりげなく。そのことだけを考えて声音に微調整をかける。
 「おぅ。この後すぐバイトだけどな」
 こいつは表情が乏しいけど、今はわずかに目を見開いた。よし、バレてない。
 「いつも一緒にいる友達は?」
 「今お楽しみの真っ最中だ」
 なぜかこいつは、口元に手をあてて声のトーンを落とした。
 こいつがこういう言葉を使うと何となくいやらしく聞こえる。
 そう聞こえてしまうと私がいやらしいやつに思われそうだから絶対言わないけど。
 「お前、握手って好き?」
 「……は?」
 こいつの言葉が唐突で脈絡がないのはいつものこと。
 けれど、この質問にはどう答えればいいのか分からなくて、間の抜けた疑問符しか出てこない。
 こいつのこの展開についていける人は、私を入れても多くない。それだけに、今回は少し悔しい。
 「握手って、好き嫌いで分けるものじゃないでしょ」
 切り返しには失敗したけど、何とか一矢報いたくて突っ込みを入れる。
 「んー。でも俺はわりと好き」
 「あーそう」
 もう突っ込みが突っ込みじゃなくなってしまった。
 こいつの思考に追いつけないことが不満で、私の返事はおざなりになる。
 「アメリカ人の握手って痛えよな。めちゃくちゃ力込めて握んの。俺の語学の先生なんだけど」
 もう誰の握手が何だろうがどうでも良い。横に逸れそうな話を戻す。
 「で?握手が何なの?」
 「んー。いや別に」
 唐突で脈絡がない上に、話題はブツ切り。
 タバコを燻らせながら、視線をどこに向けているのか、その先を追っても分からない。
 こっちを見てよ……。
 むくりと首をもたげた感情。ドキリとする。
 声をかけるのに勇気がいる訳はこれだったんだ。
 そう思う一方で、今さら気付くことではないとも思う。
 「してみる?」
 やっぱりこいつは唐突に言った。
 携帯灰皿に吸殻をこすりつけている。
 「意外とマナー守るんだね」
 「…お前の意外っていうのは何を基準にしてるんだ。」
 「いや、何となく。そういうの気にしなさそう」
 「俺、ディライトだから。で?」
 「……握手?」
 話の流れで言ってるだけだ。こんなことでどきどきしてどうする。
 「意外と好きになるかもよ」
 そう言ってこいつは、普段と別段変わらない表情で右手を差し出す。
 「もう電車きちゃうよ」
 精一杯げんなりした顔をして、私は足を速めた。変に思われただろうか。
 けど今はそれを取り繕う余裕はなかった。
 意外と男っぽいあいつの手を見て、私はかなり動揺していた。
 ぜったいこいつと握手なんかしない。したら好きになっちゃうかもしれないから。


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