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くのいちさんが狂いました
【コメディ その他小説】

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くのいちさんが狂いました-4

 登った木の上から降りようとしたその時、なんと装束が枝に引っ掛かってしまいました。幸いにも宙吊りにはならずに着地できたものの、胸元やお尻がはだけてしまいました。


「今のビリッという音はなんだ?」


 なんとたまたま近くの堀で釣りをしていた者に見付かってしまったのです。こんな初歩的な失敗で、とくのいちは自分のバカさに苛立ちましたが、今はとにかく失敗を片付けるしかない、と開き直りました。
 はだけた自身の体の一部をわざと突きだして強調しながら、警戒している相手に近付いていきます。自分がやる色仕掛けに抗える男なんていやしない、そんな不遜とも言える自信が彼女を大胆にさせました。


「どうだ、大きいのは釣れたか?」


 茂みの中から不意にもう一人現れました。拳よりも大きな握り飯をそれぞれ両手に一つずつ持っています。男はくのいちにちら、と一瞥をくれましたが、すぐに視線を釣りをしていた方に戻しました。

「いやまだだ。たぶんこの女が突如出てきたせいで、魚が驚いて逃げてしまったのだろう」
「仕方ないな、まあ焦ることもあるまい。おかずなどなくても、お前が握ってくれたこの飯だけで俺は充分だよ」
「そうか……そう言ってくれると嬉しいなぁ……」
「やっぱり、お前のそばで食べた方が旨いな、はっはっはっ」

 二人は寄り添いながら談笑しています。くのいちはむきになって前に立ちはだかり、万力の様に寄せて締め付け、自身の武器である胸元を更に強調しました。こんな魅力的な女がいるのに男同士でくっつくんじゃない、と心の中で毒づきながら。


「……なんだ? 用事があるのだろう、くのいち。遊んでないで早く城に入ればよかろう」
「これが見えないの?! あんたたち、赤子の時どうやって育ったわけ?! ママのミルク飲んで育ったんじゃないの?!」
「ま、まま? みる、く? 君が何をいっているのか分かりかねるが、邪魔しないでくれ。人の幸せな時間を妨害する人間は不幸になっても文句は言えないぞ」


 くのいちは、いま自分が足をつけている場所がぐにゃりと柔らかくなった錯覚に襲われました。そんなはずはない、男なんてただの道具だ。顔を近付けただけでぺらぺらと情報を喋りだした城主がいた、囲まれた時にわざと地べたに座り込み、涙を浮かべ甘ったるい声色で命乞いをしたら、囲んでいた男が残らず卒倒した。
 彼女は過去に仕掛けてきた女の武器にやられた数多くの男たちを記憶の隅々からほじくり返し、なんとか心の安定を保とうとしていました。

「ほら、あーん」
「ん……旨いな、お前の料理は天下一品だ」

 しまいには握り飯を互いに食べさせ合う男どもを目の当たりにし、くのいちは激昂して二人の頬を全力で平手打ちしたのち、泣きながらその城を去りました。
男なんて、男なんて、男の癖に、男の癖に。天に向かって、念仏の様に繰り返しながら、滲んでいく視界いっぱいに広がるどこまでも真っ青な空を睨んでいました。米粒の寄せ集めがなによりも素晴らしいっていうのか、畜生め。


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