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くのいちさんが狂いました
【コメディ その他小説】

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くのいちさんが狂いました-1

 ……これは今よりも大分昔、戦国時代のお話です。





「まぁったく、こうも戦(いくさ)が続いたんじゃ布やら薬やら、そして人手がいくらあっても足りませんね、先生」
「そうですね。まあ、戦乱の世ですから怪我人が後を絶たないのも無理はありません」

 お医者さんと看護師さんが和やかに談笑していますが、彼らがいるのは銃弾が飛び交う戦場です。私達がもしもこの様な場所にいたら間違いなく落ち着いてはいられないでしょう。
 しかし、勝てば官軍の時代は戦など日常茶飯事なのです。怖がっていたら生きていけません。傷ついた兵士を治療する医者とて、否応なしに戦場へと赴かなければならないのです。誰もが皆、必死にその日を生きようとしていました。

「おや、危ない」

 お医者さんは咄嗟に腰に掛けてある小さな鉄板で顔を守りました。その瞬間、あらぬ方向から飛んできた銃弾が突き刺さったのです。我々ならばこんな素早い対応は難しいかもしれませんが、彼等は伊達にこの時代を生き抜いているわけではありません。震える鉄板も、硝煙の臭いも、すっかり慣れていました。


「…………あのう、あなた医者ですよね?」


 そんな逞しいお医者さんのもとに、一人の女性がやって来ました。げっそりと痩せており、頬が深く窪んでいます。そして、大きな瞳はどこか遠くを見つめていました。もしかして深い痛手を負っているのかもしれない、とお医者さんは早速彼女を座らせ診察します。

「どこを負傷なさったのですか?」
「…………………………………………………」

 明らかに具合が悪そうな顔色でしたが、女性は小さく、更にゆっくりとかぶりを振りました。お医者さんは困惑しつつも、とにかく怪我をした所を見つけようとしました。


「触(サワ)るなッ!! 穢(ケガ)らわしい獸(オトコ)めッ!!」


 腕に触れられた瞬間、女性は豹変して怒鳴り付けてきました。銃弾も涼しい顔で対処するお医者さんも、大人しい彼女の般若よりも恐ろしい形相に驚いてしまい、思わず後退りしてしまったのです。

「……す、すみません。いきなり触られたので、つい。訳あって、男性が怖いんです……」
「そうですか、では私が面と向かって話すよりも女性同士の方が落ち着くかもしれませんね。君、すまないが診察をお願いしてもいいかな」

 思わぬ病状により看護師さんが代わりに女性を診察する事になりました。何やらいきなり不穏な空気が漂い始めているのを感じましたが、お医者さんは気にしていません。戦場では、刀や槍などの傷だけでなく、極限の状況に長時間身を置く事のストレスによって精神面にダメージを負う事も珍しくないのです。
 しばらく席を外していたお医者さんのもとに診察を終えた看護師さんがやってきました。


「………………ここ数日、何も食べてません。食べたくないみたいなんです」
「それはいけませんね。もしやお腹の具合が悪いのかもしれません、薬を処方しましょう」
「………………負傷したところは、あれなんですよ」


 看護師さんが苦々しくため息をはいてから、静かに言いました。その神妙な面持ちを見て、お医者さんはかなり深刻な病状なのでは、と身構えました。次の言葉を待つ時間がやけに長く感じます。


「くのいちとしての、いえ、女としての誇り、です」
「えっ?」
「ですから、くのいちとしての、そして女としての誇り、を負傷したのです」
「く、くのいち……なるほど、彼女の仕事はそれだったのですか」

 看護師さんの言葉の意味がいまいちよく分かりませんでしたが、その重苦しい表情から決して軽い事でないのは確かでした。よく見ると、目にうっすらと涙を浮かべています。


「全部話します。あの方から聞いたことを」


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