くのいちさんが狂いました-3
しかし、男も、そして城主も一向に入ってくる素振りはありません。それどころか、二人ともくのいちには目もくれず互いに見つめあうだけでした。
「あ、あのー、縛るんだったら早く縛れば?」
しばらく待っていても何もしてこないので、沈黙に耐えかねたくのいちは手を挙げて自分の意見を述べましたが、向こうにいる二人はどちらもまったく返事をしませんでした。
「うん? なんだ、また居たのかくのいち殿。さっさと帰ってよいぞ」
「はあっ?! 何言ってんのそこの豚殿様、もとい豚。あんたみたいな見るかに助平(ドエロ)そうな奴が、こんな美人なくのいち捕まえて、わざわざ起きるの待って、見届けたら早く帰れって、それってなんの冗談よ?」
「確かに君は美しい。色仕掛けなどされようものなら大抵の男などイチコロだろうな」
「そのはずでしょ?! ほら、見なよここ、足袋も残さず脱いでやるから見ろよ!!」
「きゃんきゃん吠えるな煩いぞ、黙っておれ。いま取り込み中なのだよ」
言葉の意味を尋ねようとしたくのいちが見たものは、隣の男と指を絡めあう城主の姿でした。それだけで全てを察した彼女は頭が真っ白になってしまい、風よりも早く牢屋から逃げるしかありませんでした。
無事に帰ることが出来た、忍者にとってそれは起こり得るはずのない奇跡だったのです。くのいちは泣きながら草原を駆け抜けていました。生還したことの嬉しさなど一切なく、目の前の男にまるで興味を持たれていなかったことへの激しい悔しさだけが彼女の心に渦巻いていました。
この私が…………何をやっても優秀であるはずの、男なんかに負けないこの私が…………
落ち込んでばかりもいられないのは現代でも戦国時代でも同じです。しばらくして、再びくのいちは潜入していました。この間とは違う城でした。