償い-1
ところが坂井徹というんがワイの名前やけど、ひらがなに直すと『さかいとおる』になる。それの順序を入れ替えて『とおさかるい』にして漢字を当てはめたんや。
すると遠坂瑠衣(とおさか るい)という名前になった。
ワイはそのフリースクールにその名前で手紙を書いた。そして別便で10万円の現金を寄付として送った。
内容はフリースクールの活動に関心を持っている者で少しでも様子を知って、自分のできる範囲で協力したいという申し出だったんや。
勿論、関西弁は手紙では使わんかった。
ワイは私書箱を借りて、そこに返事が届くようにした。
早速返事が来た。
ご協力大変感謝しております。今後はスクールの様子を学校便りの形で父母に配るものプラス貴女へのメッセージを定期的に郵送するように致します云々。
ワイは驚いた。瑠衣というのは男の名前の積りだったんやが、校長は勝手にワイを女性だと勘違いしたようなんや。
まあ、それはそれで良い。
ワイの正体は絶対分かられては困るんやからなあ。
手紙の中には早速今までの学校便り「やまびこ」の束も同封してあった。
スクールの名前が『やまびこスクール』やから。わかりやすいと言える。
学校便りではセリナやカオル、そしてナオミが入校したことも書いてあった。
スクールには中学生から高校生の合計20人ほどがいた。
添えられたメッセージには、その1人1人のことを更に詳しく書いてあった。
高校を卒業できなかった例の3人はスクールで勉強して高校卒業の資格を取るために頑張っているのだという。
高校3年生にあたる子はその3人だけだったので、ワイは手紙を書いた。
『高校資格を取る為にがんばっている3人の子に何か応援をしたいと思います。
何か必要な物はありませんか? 』
勿論他の学年の子にも同様の質問をした。それでないと平等ではない気がしたからや。
返事を待って中身を見ると学用品、文房具、参考書、問題集などが必要なことがわかった。
ワイは学習関係の店に注文して、店から直接送るように手配した。
父母もお金を出しているが、結構負担をかけているので大変助かったと返事が来た。驚いたことにその中に子供達の感謝の手紙が全員分入っていたんや。
ワイは涙が出た。ワイは汚れた大人やった。ワイは何て恥ずかしいことをしたんやと。
学校便りの中に施設設備や教材のことも書いてあった。ワイはスクールの近くの工務店に連絡して壊れた施設の修理をさせた。
それから画像や動画をスクリーンに映し出すプロジェクターや図書室用の図書なども買った。
それは金額が大きくならないように厳選して少しずつ援助したんや。
そして遠坂基金というものを作って、そこから毎年少しずつ本などが寄贈されるようにした。
やがてあの3人の子たちがスクールを出る日が来た。卒業式にはワイに招待状が来たけれども所用で忙しいと断り、一人ひとりにお祝いの言葉だけ書いて手紙で送ったんや。
折り返し卒業式の様子を動画で撮ったものをDVDにしたものが送られて来た。
その中に卒業生のあの子たちがワイに向かって感謝の言葉を1人ひとり心をこめて喋っているんや。
その中でセリナちゃんの言った言葉がワイの胸を抉ったんや。
「遠坂瑠衣さん、貴女のお陰で私は世の中の大人を信頼することができました。
あなたはお金を使って私たちを助けてくれました。でも世の中にはお金を別の目的で使う人もいます。
自分たちの快楽の為に子供達を犠牲にしてしまう使いかたです。
実は私はそういう大人を憎んで来ました。そしてそこから大人全体を信じることができなくなっていました。
それを改めてくださったのが、貴女です。ありがとうございました。
私は大人の中にも信じるに足る人がいることがわかりました。そして私もそういう大人になりたいと心から思っています」
ワイはなあ、これを聞いたらもう絶対に遠坂瑠衣の正体を知られてはいかんと思うたんよ。
遠坂瑠衣はこの子たちの心の支えになっとる。
それが大人の中で最も軽蔑するワイと同一人物だと知ったら、もうこの子たちは人間を信じることができんようになるんじゃないかってなあ。
だからワイは決して正体を明かさないようにして彼女達を支援することに決めたんや。
彼女達は家庭的に恵まれてなかった。両親が離婚していて片親だったり、愛情に飢えていたり、共通することは貧しいということだった。
ワイは奨学金の形で3人が進学できるように援助することにしたんや。
ワイは3人に遠坂瑠衣の名前で手紙を書いた。
『セリナさん、カオルさん、ナオミさん、貴女たちの希望する学校については以前に伺いました。
けれども経済的理由で、進学を諦め就職をしようとしていることを聞き、なんとか私の力で援助できないかと考えました。
確かセリナさんはD専門学校に、そしてカオルさんは警察学校に行く前の予備校に、ナオミさんはF女子短大に希望していますね。
今のままで就職すれば高校卒業資格はあっても、中退者と同列に見られがちでとても不利だと思います。
どうでしょう? 奨学金と言う形で入学金や学費、そして生活費の一部を私の方で出させてくださいませんか?
返還については急がなくても結構です。
貴女方がご自分のそれぞれの夢に向かって前に進めるように応援しています。云々』
それで3人とも喜んでワイの好意を受けることになったんや。ワイはこれで金の使い道ができたと思ったね。
それぞれの学校によってかかる費用は微妙に違う。また家庭の事情によって、生活費も若干違う。
中にはアルバイトして家に仕送りしなければならない子もいた。そういう子には、その分幾らか援助した。
ワイは何から何までお金で助けた訳やない。本人達が努力してもなおかつ超えられないハードルを少し低くしてやっただけや。