ポニーテールを解いてくれ-1
駅を降りて家の方角へ歩きかけて、繁華街の方に足を向けた。
(ちょっと飲んでいくか……)
強い意思もなく思い、歩き始めた。妻は今夜仕事先の飲み会で遅くなると言っていた。
だからというわけではないが、寄り道していく気になった。
このところ疲れがたまっているからか、体がだるい。
(こんな時は家に帰ってゆっくりした方がいいのかもしれない……。だが……)
テレビを観ながら酒を飲んでも味気ない。大学生の息子も高校生の娘もあまり自分の部屋から出てこない。父親とはあまり話したがらない。そういう年頃である。話をしてもかみ合わないし、きぐしゃくしてしらけてしまうのがおちだ。
騒がしい場所は好きではないが、あえて身を置きたい気持ちが湧いた。
輸入小物雑貨の店内をなにげなく見て通り過ぎて足を止めた。
(あの子か?……)
戻って中を覗く。後ろ姿であるが、見覚えがある。すらりと伸びた脚のライン、スレンダーでバランスのとれた体。何よりキュートに揺れる背中まで届いたポニーテール。
(あの子だ)
制服を着ていなくてもあの愛らしい髪は毎朝のように追いかけている。
(まちがいない……)
私はウインドウ越しに彼女の動きを見守った。
彼女の名前は知らない。駅で見かけるようになったのは今年の四月初めだから半年以上経つ。
初めて見た時の印象……。目が眩んだように感じて思わず足が止まった。見慣れているK女子学園の制服。濃紺のブレザー、ブルーのチェックの入ったモスグリーンのスカート、紺のハイソックス。みんな私から見れば若く瑞々しい。
その中でも彼女は突出した美しさであった。
美少女……。茫然として心で呟いたものの、そんな形容、賛美で言い表せる美しさではなかった。気品と崇高さを感じさせる面立ち。伸びやかな肢体。それぞれあるべき膨らみとのバランス。ほんのわずかな時間で私は虜になってしまった。
我に返って走り出し、息せき切って同じ電車に飛び乗った。
混み合う車内で朝の陽ざしを受けて少女の髪は目映い輝きを放っていた。愛くるしい黒い瞳。その目がくるくると動き、私は胸苦しいほどのときめきに揺れていた。
制服……。彼女の美しさをさらに美化し、天使のように心に存在を印象づけたのは清楚な制服も大きく影響していたのだと思う。
いつからだろう。
私は『制服』に対して強い執着を抱くようになっていた。気がつくと道すがら女子高生ばかり目で追っている自分がいた。
ふと自己嫌悪に陥る。
(自分の娘と同じではないか……)
辺りを見回し、挙動を自戒する。
だが、清々しい少女たちの肢体に出会うと熱い心のゆらめきは如何ともし難いのであった。
『制服』に興味を抱く男は意外と多い。むろん、性的昂奮を高める意味だから女性に限定した制服である。
なぜ制服にときめくのか。それは毅然としたイメージによるものなのだろう。
看護師、客室乗務員、婦警、OL、そして女子中高生……。それぞれ職業や使命、立場を『制服』によって表し、背負っている。
男は、女の色香を被い隠したその内側に艶めく生身の『女』を想像することでより深い昂奮を覚えるのである。きりりと引き締まっていた唇が嫣然と微笑む。清楚な、誇りを掲げていた制服が乱れ、瑞々しい肌が見える。
言うなればそのギャップが堪らないのだろう。
私の場合、制服への関心は少女に限られていた。過ぎ去った自分の青春時代の象徴として羨望の的となったのだろうか。十代の溌剌とした姿を見るにつけ、その愛しさに縋るような想いを抱いてしまうのだった。
そんな時、あの少女を知ったのである。
美しい……可愛い……。
言葉を交わしたわけでもないのに私は年甲斐もなくうろたえた。
その日から毎日、私は彼女を追い求めた。姿を見ればほっとして爽やかな気持ちを味わった。
電車に乗り、少し離れて乗客の合間からその横顔、光りを反射する黒髪を捉える。彼女の降りる駅は三つ先だ。いくらも時間がない。
(逃してはならない……)
見つめ続けた。
一度、意識的にすぐ後ろに位置をつけたことがあった。夏のこと、純白のブラウスに透けた下着、うっすらと滲む汗を見ているうちに堪らなくなった。
満員電車である。ぴったりと尻が股間に当たり、勃起を悟られないように腰を引いたことがあった。揺れにかこつけて髪の香りを嗅いだ。そっと手を尻に触れ、乱打する動悸に息苦しくなった。これでは痴漢をしてしまう。いや、すでに行為に及んでいる。このまま度重ねればもっと露骨なことをしでかしてしまうかもしれない。本気でそう思い、それからは離れて見つめるようになったのである。
(それほど心に棲みついている少女……)
今朝は会わなかった。平日である。休みだったのか。
様子を窺っていると買い物でもないらしい。
私服も可愛らしい。
(ちょっと大人っぽく見えるか……)
アイボリーのジャケットは品がいい。スカイブルーのスカートは適度なミニで清潔感がある。
(育ちがいいのかもしれない……)
煙草に火をつけ、顔を上げると少女が店を出たところだった。視線を逸らせ、背を向けた。
(出会ったからって、どうなるものでもない……)
中年男の心の奥に密かに温めている願望だ。夢だ……。夢でいい……。
気配を感じ、振り向いて、息を呑んだ。少女が立っていた。