メイ-9
肉を打つ小さな音だけが静まり返った住宅街にこだまする。
その腹立たしい音に混ざって、どこからかタイヤがアスファルトを引きずる音が遠くに聞こえてきた。
やがてそれは、エンジン音と共に近付いてくる。
あー、めんどくさい。こんな狭い道に来ないでよね。
しかし、物事というのは事が運んで欲しくない方向に動くものらしく、その車の姿が視界に入ってきたと同時にこちらに向かって来る所だった。
やけに眩しいヘッドライトが、あたしのみすぼらしい全身を照らし出す。
その眩しさに目を細めながら、舌打ちをして道路の隅へと四つん這いで移動する。
こんな道路の真ん中で座り込んでいたら迷惑なのはわかっていたけれど、今は“わざわざこんな住宅街を通るなよ”と言う理不尽な苛立ちの方が勝っていた。
我が物顔で少し車高の下がった黒いワンボックスカーがあたしの横を通りすぎていく。
一瞬だけ、胸が締め付けられた。
車に詳しくないあたしも、この車のボディラインは鮮明に記憶できている。
街中でこの車が走っているだけで、思わず運転してる人を見てしまうのは、あの人が乗っているのと同じ車だからだ。
でも、こんな夜更けに、しかもあたしの家の近くをあの人の車が通るはずがない。
夜だから運転席の中までは確認できなかったけど、このタイプの車は街でもよく見かけるし、案の定素通りしたし、やっぱりあたしの期待はことごとく外れるんだよな、と過ぎ行くワンボックスカーの後ろ姿をボンヤリ眺めるだけだった。
だけど、素通りするかと思われたその車は、突然そのブレーキランプを赤く光らせたかと思うと、徐々に失速していく。
なんだ……?
あたしが眉間にシワを寄せて、その様子をジッと見ていると、スピードを失ったワンボックスカーは、二、三度数断続的にブレーキランプを光らせてから数十メートル先でスッと停まった。