ジークの一番災難な日-6
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小一時間ほど色々な打ち合わせをしてから外に出ると、憎らしいくらい爽やかな小春日和だった。
俺としては不本意極まりなかったが、ウリセスも含めて三人で、仲良く魔法学校へと歩いて向う。
「……いくらなんでも『シンデレラ』くらい、知っていると思っていましたよ」
呆れたようにぼやくウリセスに、俺は顔を思いっきりしかめて唸った。
「無学で悪かったな」
「見事な棒読みの大根役者ですし」
「うるせぇ!!」
ツンデレ女の話かと思ってたのに、台本を読んだら全然違った。
おまけに恥ずかしいセリフばっかりだ。カンペ出されても、あんなのを普通に読み上げられるか!!
ウリセスを蹴っ飛ばそうと脚をあげたら、赤いタータンチェックのスカートがひらんと舞い、慌てて手で押えた。
ぐ……この、スカートってのは、なんでこう……っ!
俺が着ているのは、魔法学校の女子制服だ。何しろ身体はマルセラなんだから。
黒いローブマントは問題ない。白いブラウスに赤いリボンタイも我慢できる。問題は膝上丈のスカートだ!
やたらと脚がスースーして気持ち悪いし、なにより自分がスカートを履いているという事実は耐え難い。
やり場のない怒りに、黒い革ぐつと白い靴下を履いた脚が、プルプル震える。
そして、そんな俺を眺め、すげぇ楽しそうにニタついてやがるウリセス。
「中の人はガサツで凶暴な男でも、身体は九歳の可憐な女の子なんですから、言葉使いや仕草も気をつけましょうね」
「おい! 絶対に楽しんでるだろ!」
「ええ、それはもう」
ニヤニヤしているコイツの呼び名は、やっぱり鬼畜スーツがピッタリだ。
しかし、そのニヤケ面がふいに引き締まった。周囲に漏れないように、声を潜めて囁く。
「身代わりを決意したなら、これだけは肝に銘じてください。貴方の行いは、全てマルセラちゃんの行いとなり、場合によっては彼女の今後にも、多大な影響を与えます」
俺を見下ろすアイスブルーの眼には、さっきまでの呑気さが嘘のように、厳しい光が宿っている。
一瞬、俺は息を飲んだ。遅ればせながら、思っていたより事態は厳しいことに気づく。
つまり、俺がヘタなことをすれば、それは全部マルセラに降りかかるってわけだ。
「チ……わかったよ」
「舌打ちも禁止ですよ、マ ル セ ラ ちゃん ?」
「〜っ!!」
効き目が切れるまで、無言で押し通すしかねぇ!!
早くもげっそりした気分で、反対側を見上げた。
すっかり落ち込んじまったマルセラは、ずっと神妙な顔で押し黙って歩いてる。
身につけているのは、ジーンズに黒いシャツという、俺の私服だ。
退魔士の制服は身分証明になって便利だが、もし休日でも魔獣騒動に出くわせば、戦わなくちゃならない。今の状態でそんなことになったら、即座に殺されちまうからな。
もっとも、腑抜けた落ち込み顔が幸いしてるのか、私服で九歳児と歩いているのに、周囲からヒソヒソ声も不審そうな視線も向けられない。
「……心配すんな」
迷った末に思い切って、硬くゴツゴツした自分の手を握った。
「ジークお兄ちゃん……?」
驚いたように、マルセラが目を見開いた。
「一日だけの辛抱だ。誰にもバレねーように名演技してやる。だからお前も、今日だけは我慢しろ。俺の身体で泣かなけりゃ、それで許す」
「……うん。ありがとう」
正面に向き直ると、頭上から半泣き声の返事と、鼻をすする音が聞こえた。
――ま、今のはカウントに入れないでやるさ。