ジークの一番災難な日-3
―― 朝か。
薄いカーテン越しに朝日が室内を照らし、俺は目を覚ました。
起き上がり、妙な違和感に気づく。見慣れた寝室なのに、なんだかいつもと違うように見える。微妙に天井が高い気がする。
しかも、確か昨日はここで寝てなかった気が……
ふと、自分の身体を見下ろして、声にならない悲鳴がほとばしった。
「―――――――――っ!!??」
自分の身体の代わりに、赤いリンゴ模様のパジャマを着た少女の身体が目に入る。
ペタペタと頬を両手で探れば、皮膚はツルツルと滑らかで、ふっくらした心地いい感触。頭を触れば、短く切った硬い髪ではなく、ふんわりした柔らかな巻き毛。
ま、まさか……!!
部屋に備え付けのクローゼットの前に立ち、ぜーはーと大きく深呼吸した。
この扉内には鏡が張ってある……が、見たくない。すっげぇ嫌な予感がする。でも、見ないわけにはいかん。
恐る恐る扉をあけると……思ったとおり、鏡には九歳の女の子が映っていた。……若干、目つきが悪くなっていたが、まぎれもなくマルセラだ。
な ん で 俺 が、マルセラになってる!?
思わずフラフラと、もう一度布団に潜り込んだ。
ああ、そうか、俺はまだ寝てるんだ。これは夢だ。早く朝になれ……。
「―――じゃ、ねぇよっっ!!」
危うく現実逃避するとこだったぞ! しっかり起きてる! 夢じゃねぇ!
急いで寝室を飛び出すと、ソファーから落っこちて床でグーグー寝ている自分の姿が眼に飛び込んだ。
「お、おい! おきろ!!!」
呑気に寝ている自分に駆け寄り、タンクトップの胸ぐらを掴んで揺さぶる。
どうやら腕力も一緒に移動したらしく、マルセラの小さな手でも、俺の身体を軽々と引き起こせた。
「ふぁ……ん〜……」
無理やりたたき起こされた俺の身体は、呑気に大あくびをする。そして、数度目をしばたかせてから、悲鳴をあげた。
「え!? 何でわたしがいるの!?」
「やっぱりマルセラか! 何でか知らんが、俺とお前の身体が入れ替わったんだよ!」
俺の顔がキョトンと目を丸くする。そしてオロオロと身体を眺め回した。
「ど、どうしよう……」
頬に両手をあてて、両眼を涙でウルウルさせた自分の姿に、マジで吐きそうになった。
……すまん、マルセラ。お前ならヒキガエルになっても守るが、これだけは許容範囲外だ。
「俺の声と顔で、そのポーズはやめろぉぉ!!」
必死で腕を引き剥がすと、マルセラ(俺の身体)は泣き声をあげた。
「う……ご、ごめんなさい。わたしのせいだ……こんなことになるなんて……」
「っ、何か心当たりがあるのか!?」
半ベソでしゃくりあげる自分……という、最も見たくないモノを、視界になるべく入れないようにして聞き返す。
マルセラは頷き、寝室に置いてあった自分の鞄から、小さな冊子と紙箱を取り出した。
「これ……」
安っぽい冊子の表紙には『誰でも使える☆東端魔法《イースタン・マジック》』と、派手な色彩で印刷されている。
子ども向けのお手軽な魔法グッズを販売している通販カタログだった。雑誌の裏なんかによく広告を載せているやつだ。
紙箱には紫色の香袋が入っており、表面には安っぽい黄色の糸で、俺には読めない東の漢字が刺繍されている。きつく縛ってある袋の紐を解くと、昨日の夜に漂ってきた甘い香りが立ち昇った。
急いで袋を閉め、裏の説明書に目を走らせると、
『自分の羨む能力を持つ相手に香を嗅がせて、そのまま欲しい能力を念じて眠れば、一日だけ相手と同じ能力が自分にも宿る』……といった内容が書かれていた。