それだけでよかった-3
◇
「簡易的なアイスコーヒーだけど、いいよね?」
陽介は煙草をふかしながら、黙ってあたしの手の動きを見つめているだけ。
うんともすんとも言わない陽介を尻目に、氷をグラスいっぱいに詰め込んで、熱いコーヒーを注げば、パキパキと氷が割れる音が響いた。
それをローテーブルの上に置こうとするけど灰皿やら、食べ終えた後のカップラーメンの容器やら、雑誌なんかが散乱していてスペースがない。
仕方なしにテーブルの下に雑誌を置いてから、陽介の目の前にアイスコーヒーを置いた。
……散らかってるなあ。
元々ズボラな陽介は、部屋が綺麗なことなんてあまりなかったけど、こんなに散乱しているのは初めてかも。
あちこちに脱ぎ散らした服。ごみ箱に入らずすぐ側に落ちた紙くず。封をしたままのダイレクトメール。ベッドから落ちているタオルケット。
この荒れた部屋が、陽介の余裕の無さを投影してるみたいで、あたしはチクリと胸が痛んだ。
恵ちゃんのスマホから、陽介の連絡先を盗み取って、何食わぬ顔で陽介に電話をして。
最初は声を聞くだけで充分だって思ってた。
久しぶりに陽介に電話をした時、彼はもちろん驚いていたけど、「恵ちゃんが番号を教えてくれた」と言ったら、少し戸惑っていたけど、すぐに昔みたいに気さくに話してくれた。
陽介の変わらない態度、それが何よりも嬉しくて。
そして、そんな態度があたしを欲張りにさせた。
変わらないなら、前みたいに戻れるんじゃないかって。
恵ちゃんさえいなければ、陽介はあたしの所に帰ってくるって。
思い詰めたあたしが、悪魔になるのは至極当然のことだった。
だから、あたしは電話越しに言ったんだ。
――恵ちゃん、陽介とのことで随分悩んでるみたい、と。