その(3)-1
テレビ局へ行くと、録画撮りに立ち会っているとかで北山には会えなかった。
案内された部屋に入ると三人の男がいて私の顔を見て会釈をした。他の審査員のマネージャーか代理の者のようだ。決まり切った打ち合わせにはわざわざ本人が顔を出す必要もないのだろう。
三人とも若く、それぞれ色の薄いサングラスをかけたいた。椅子に座りながらも忙しそうに煙草を吸ったり、手帳をめくっては頭を掻いてみたり、場慣れした仕草を見せてはいたが、どこか落ち着きがなかった。
しばらくして坂井というプロデューサーが助手を従えて入ってきた。
「ご苦労さまです」
彼は挨拶もそこそこに本題に入り、説明をしながら目で助手に合図を送った。印刷物が手早く配られた。それには、宿泊場所や飛行機の発着時刻の幾通りなどが記されてあった。
坂井の話が終わると、
「特注はありませんね」と一人が訊ねた。
「ええ、いつも通りです。会場が札幌という以外は」
慣れた口調で応じ、
「以上です。島野先生には後ほど簡単なご説明をします」
三人の視線が私に集まり、彼らは思い思いに先ほどよりも丁寧に頭を下げた。
「お先に」と彼らが言うと、坂井は顔を向けずに、
「よろしく」と応えた。
坂井は改めて立ち上がって名刺を差し出した。
「さて、そうですね。参考のために台本に一度目を通していただけますか。いえ、お持ちになって結構です」
『明日のスター』と書かれた小冊子がテーブルの上にある。
「これまでは地方には出なかったんですが、今月から幅を拡げるために月に一度、東京以外で開催することになりました。その第一回が来月なんです」
「札幌ですか」
「ご存じじゃなかったんですか?」
「いえ、北山から聞いてます」
坂井は助手にコーヒーを取り寄せるように言った。
「すでに予選は終わっていまして、当日の出場者は八人です。それを四人の先生方に講評していただくわけですから、二人ずつですね。島野先生には四番と八番をお願いすることになってます。司会者がいますから、別に台本はなくてもいいんですが、一応初めてですので」
出場者の経歴や特技などを記した別紙があり、一人の氏名の上に二重丸の印が付いている。
「この印はどういう意味ですか?」
「ああ、それは……」
坂井は言葉を探すように間を置いてから、
「予選の段階での優秀者でして、まあ、一つの目安という……」
「なるほど。しかし、これでは審査員に先入観を抱かせることになりませんか?」
坂井は、「うーん」と声を出して苦笑した。
「そんなこともないでしょう。みなさんプロの方々ですから」
たしかにそうだが、ならば印をつける意味はなんなのか。
ドアがノックされ、助手がコーヒーを盆に載せて持ってきた。
「それから言い忘れましたが、四番と八番以外でも、もし何かご意見がありましたら発言なさってもかまいません。ですが……」
坂井は心持ち顔を寄せてきた。
「向井先生の時には何もおっしゃらないようにお願いしたいんです。なにぶん、気難しい方ですので」
向井の名を聞いてミユキの顔が浮かんできた。
「実はご存じかどうか、うちのオーディションの審査委員長でしてね」
「はあ……」
「それで、自分の評価というものを絶対的に推しますので。その二重丸も向井先生の指示なんです」
「個人的な?」
「ええ。つまりは自分が認めた出場者に点数が集まらないと機嫌が悪いというわけです」
「では、この印のついた、二番ですか、これに点を入れなければならないんですか」
「いや、そういうわけじゃありません。まあ、その場で向井先生を立てていただくというか、そんな程度で結構なんです。最終段階では誰がどこに点を入れたかということはわからないようになってますから」
坂井は弁解するように、また、なんでもないことなのだというように説明したが、出演を引き受けたことが後悔された。
テレビの仕事にはあまり縁がなく、今回のようにレギュラーとして関わるのは初めてのことだった。それでもある程度の内幕を想像するのはさほど難しいことではなかった。何かしら出来合いがあるのだ。
(そんなものだろう……)
うんざりした。予想し得たからこそなのだろう。新鮮なことを期待していたわけではないが、やはりがっかりした。
「しかし、ぼくなどが出る必要はないみたいですね」
「いや、そんなことおっしゃられては困ります。私どもとしても番組の方向を少しでも変えていく考えなんです。視聴率も停滞気味ですし、その変革の一歩として島野先生のご参加をお願いしたというわけなんですよ。先生の新しい感覚といいますか、何か新風を吹き込むといった、そんな感じをスタッフは望んでいるわけなんです。ですからーー」
「そんなに持ち上げていただかなくてもいいですよ。お約束は果たしますから」
「そういうつもりじゃないんですが。弱ったな」
坂井は苦笑しつつ頭をかいた。