瑠璃色の蝶-3
かなり自分勝手な女だと思われただろうか。自分からここに来ておいて、コーヒーまで淹れさせて突然、やっぱり寝る、だもんな。
少し罪悪感。
でもこれ以外、方法が見つからない。トラップ。先生が隣に来るためのきっかけ。
しかし先生はそれでも微笑み続ける。
私に倣ってカップをテーブルに置いた、冷静な先生。ゆったり立ち上がり、奥の部屋へ一旦消えた。
そうだった。私たちは個人。お互いに、お互いの世界や存在を尊重しあう、まさに先生のように冷静な付き合いをする仲。
そう自分に言い聞かせている途中、溜め息が苦い唇を滑っていった。先生も、やっぱり私とは違うのだな。当たり前だけれど、人並みに向上心があって、素直に立っている。対する私は、向上心などという光を見る体勢にまで至っておらず、立ち方すら判っていない。顔を伏せることに慣れすぎて、恐怖に耳に入って来る言葉を更に自分なりに吟味してから僅かに顔をあげる。これは、典型的な多感期ゆえの病だろうか。先生はどう思っているのだろう。多感な年頃の危うい少女として、私を見ているのだろうか。危ういから、だろうか。私を受け入れるのは、教師だからか、それとも男だからか。私は私だから先生の所に行くのだけれど。
眠ると言ったけれど、本当は全然眠くない。というか、今日も眠れないと思う。最近、不眠症ぎみだから。
近頃の自分の、不安定さを思っていた私は、ふと大きな不快感にとらわれる。母の喘ぎ声を思い出したのだ。毎晩、隣室から聞こえる「女」の声。そこで、私の知らない男が「女」のと絡みあい、繋がっているようで実は物凄く遠い、汚い世界を描いて酔っている。
耳を塞ぐ。ぎゅっと、目も塞ぐ。何もかもを遮断したいと思う。心も、身体も、全てを機能停止にしたいと、思う。
しかし母の喘ぎ声は、耳を塞いでも鮮明に聞こえてきた。判っている。これは、私の中から聞こえてくる音であって、外部からの力が起こす音ではない、ということぐらい。
だったら、私はどうしたらいい?
答えが欲しい。否、誰かの反応が欲しい。
機能停止、してしまえばいいのに。そうしたら、全てなくなるのに。
私はテーブルの上に置いておいたカップを手に取り、強く握りしめる。震えるほどに強く、握りしめる。そして、丁度頭の上、延長線上に高く、それを掲げた。
目を閉じる。
そこには未だに、妄想上の母の醜態が浮かんでいる。
それを消し去りたい一心で、素早く、そして思いきり息を吸い込む。
このままカップを急降下させる。
頭に鈍い痛みが走った。まだ中に残っていたコーヒーの液体が血液と共に服に染みつき、服ごと肌に張り付いてくる。頭から流れる血が温かい。ソファは黒いから、汚すことも無いだろう。よかった。
揺れる視界。その中を、瑠璃色のあの蝶が舞っていた。青色が眩しい。1匹だった筈の蝶は、いつのまに繁殖していて、それらが束になって私の血液に飛びついてきたのだ。まるで花の蜜を食らうように、ごくごく自然に。そして、その蝶は、その蝶はさらに……、
「何をしているンだ」