穏やかな出会い-2
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天道良平(29)は、風呂上がりの髪をタオルで拭きながら、リビングのソファで新聞を読んでいた弟に声を掛けた。
「修平」
「何だ? 兄貴」
良平は修平(26)の傍らに立って弟を見下ろした。
「おまえ、リサさんと同級生なんだろ? 春日野(かすがの)リサ」
「リサ? ああ。そうだけど。なんで兄貴が知ってんだ?」
「最近俺の店に新しく入ってきたんだ」
「へえ」修平は、読んでいた新聞をたたんでセンターテーブルに置いた。
良平はテーブルを挟んで修平と向き合って座り、眼鏡のレンズをティッシュで拭き始めた。
「どんな子なんだ?」
「おっとり系だな」
「確かにそんな感じだ」
「だけど、けっこう正義感も強いし、芯がある」
その時、修平の妻夏輝がリビングにコーヒーを運んできた。「良平兄さん、どうぞ」そして、その義理の兄の前にカップを置いた。
「ありがとう、夏輝ちゃん」良平は夏輝を見上げて微笑んだ。「夏輝ちゃん、修平との結婚生活、どう?」
良平の弟修平と夏輝は、高三から6年のつき合いを経て、一昨年の12月に結婚した。
「楽しいですよ」修平の横に座った夏輝は笑いながら言った。「毎日が変化に富んでて」
「何だよ、変化に富んでて、って」修平が横目で夏輝を見た。
「だって、そうじゃない。あんた思いつきで何でもやるし」
「そういう性分なんだよ。兄貴と違ってな」
良平は笑った。「確かに修平は僕と随分性格は違うね」
そして彼はコーヒーカップを手に取った。
「良平兄さんと結婚してたら、もっと穏やかでゆったりとした毎日が送れてたかも」
「夏輝っ! おまえ兄貴と結婚しようなんて思ってたのかよ!」
「何言ってんの。喩えよ、喩え」
良平は大笑いした。「ホントに賑やかな毎日を送ってそうだね」
修平が言った。「そうそう、リサのことについちゃ、夏輝の方が詳しいんじゃね?」
「リサ? リサがどうかしたの?」
「ああ。兄貴の店に就職したって」
「そうなんだ」夏輝は顔をほころばせた。「奇遇だね」
良平はカップを持ち上げた。「面接の時に言ってたんだ。修平と夏輝ちゃんと同じ高校だったって」
「リサなら大丈夫だね、修平」
「そうだな。真面目で仕事はきっちりやるタイプだかんな」
「そうか」良平は満足したようにコーヒーを飲んだ。「3月生まれ、って履歴書に書いてあったけど。ってことは、君たちの中では一番年下ってわけ?」
「小柄でふわふわした感じでしょ? あの子」夏輝が言った。「でも、意外に芯が強いところはありますね」
「修平も今、そう言ってたな」
「理性的だけど、愛想は抜群にいいやつだよ。客相手の商売には向いてると思うぜ」
良平兄弟の母親がリビングにやってきて、チョコレートの乗った銀色のトレイをテーブルに置いた。
「すまないねえ、夏輝ちゃん。いつもおみやげ持ってきてもらっちゃって……」
「とんでもない。あたしこそ、お義母さんに大したこともできなくて、すみません」
「いいのよ。それより修平、」
「何だよ、母ちゃん」チョコレートをつまみかけた修平が意表を突かれたように動作を止めた。
「あんた、夏輝ちゃんのお母さん、大事にしてるんだろうね?」
「ったり前だろ。母ちゃんあっての夏輝なんだからな。って、兄貴はまだ結婚しねえのかよ」修平は良平の顔を見た。
良平は少し黙り込んだ後、顔を上げて母親に笑いかけた。「すぐに、ってわけじゃないけど。少しは考えてる」
掛けていた眼鏡を外した良平は、恥じらったようにまたコーヒーを口に運んだ。そして、独り言のように呟いた。「もう30になるわけだし」